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2012年7月

2012年7月30日 (月)

15年ぶりに潮を見る

賞を取ると、いいことがあるもので、横浜の友人たちから旅館へと招待されました。実を言えば、急遽来るはずだった者が突然のドタキャンで、欠員が出たので、八木澤なら時間が有るだろうということで、お呼びがかかった次第です。それでも招待とは嬉しいもので、高校野球の決勝戦を見届けてから、三浦半島の旅館へと向いました。訪ねた旅館は、今から15年ほど前に写真家を志したものの、まったく食えず、夏休みのこども教室の怪しいお兄さんとして、着ぐるみをまとったりして、虚しい奮闘をしていた場所でもありました。一週間ほど、滞在したような記憶があります。ネパールへ撮影に行く為の資金稼ぎをするためにアルバイトだったのですが、仕事の時以外は同僚ともほとんど話さず、その日の仕事が終わったあと同年代のアルバイト仲間が酒を片手に楽しく語らっているのを尻目に、大飯を喰らっては、すぐさまイビキをかいて寝ていたこともあり、アイツは何者なんだと白い目で見られていたような気がします。そんなほろ苦い思い出のある旅館に足を踏み入れ、ひと足先に着いていた友人たち待つ部屋に入ったら、ぼんやりと当時の記憶が蘇ってきましたが、部屋の目の前に見事な入り江の風景が広がっていたことには、すっかり忘れていました。おそらく、アルバイトの合間に海を眺めていたとは思うのですが、そんな心の余裕もなかったのかもしれませんね。今回幸いにも賞をいただくことができ、当時とは置かれている立場も変わったはずなのですが、海を眺めていたら、不思議と何も変わってないんじゃないかなという気持ちにもなりました。まわりまわって、また振り出しに戻ったような気がしたのです。まだまだ頑張らなければいけないなと気持ちを新たにした次第です。偶然にも素晴らしい機会を与えてくれた、聴き舎マスター、ジョージ山岸、武ちゃんに感謝したいと思います。

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2012年7月28日 (土)

お知らせ

昨日発表されました第19回小学館ノンフィクション大賞において、「マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅」が優秀賞をいただくことができました。ありがとうございました。旅のはじまりは、2001年8月西ネパールの山村で出会った、ひとりの女性兵士。彼女はネパール共産党毛沢東主義派、毛沢東のゲリラ戦術に影響を受けた反政府武装組織の兵士でした。毛沢東といえば、太ったおっちゃんというイメージしかなかった当時の僕にとって、彼女をはじめとする若い兵士たちが、身を捧げる毛沢東というのはいったい何者なのかということが旅の原点です。その後、毛沢東の影響というものが、ネパールだけでなくアジア各地で大きな影響をもたらしたということを知り、日本を含めたアジア各地をまわり毛沢東の思想に影響された人々の物語がこの作品の骨子となっております。昨年の末から、原稿を書きはじめ、今年の4月30日の締め切り日ぎりぎりまで、向かい合った作品ですのでこうして評価していただことは素直に嬉しい限りです。取材をはじめこうして実を結ぶまで、僕の怠慢もあり結果的に10年以上の月日がかかってしまいましたが、取材を通じて知り合えた方々、励ましてくれた友人にお礼申し上げたいと思います。ありがとうございました。

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2012年7月22日 (日)

片付け

ここ数日、家にこもりながら部屋の中を片付けております。考えてみたら、押し入れなどは20年近く整頓していなかったこともあり、何とも懐かしい友人たちからの手紙やら写真、己の書いた青臭い日記などがあの頃の汗と土の匂いをぷんぷんさせながら発見されております。そんなものが出てくる度に手が止まってしまうので、一向に片付く気配がありません。歩んで来た道を戻るような作業を続けていると、これまでの20年は瞬く間だったなという思いにかられます。同時に今後の20年を考えると、時間は本当に無いのなだと、ちょっと心の中が冷んやりします。今日も高校野球を眺めたりしながら、片付けをしたいと思っております。

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2012年7月20日 (金)

スピードスター

帰宅し、留守の間に届いた郵便物を見ていたら、警察からの封書あり、不吉な予感とともに封を開けたら、”貴君東北道にて著しくスピードをオーバーしせり、速やかに出頭セヨ”との旨が記してあった。オービスが発光し捕捉されたもよう。赤切符ということで、多額の罰金というオマケまであり。免停も何日となることやら。その際は、免停期間の間、海外武者修行にでも出ようかなと思った次第です。スピード違反のショックというわけではないですが、今週は時間ができたので、ちらっかり放しの仕事部屋を片付けて静かに過ごしたいと思います。

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2012年7月12日 (木)

写真

写真集の件など諸々がひと区切りついたので、ちょっと島籠りをしながら撮影に行って来ようと思います。携帯は来週の半ばまで通じません。ご不便おかけします。今回の撮影行の成果は、いつの日か発表したいと思っています。

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2012年7月11日 (水)

写真集

福島での撮影の成果をまとめた写真集が今月末に発売の予定です。先日色校を終えて、あとは仕上がりを待つばかりです。今回は浪江町津島地区から避難を強いられたひとりの人物を一年以上にわたって、追いかけたものです。ひとりの人物を巡る物語を通じ、原発事故が及ぼしたものについて見つめた次第です。ご期待ください。

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2012年7月 7日 (土)

ずっと雨が降り続いている新潟の上越市におります。しぶとい雨のせいで撮影が進まず困っております。ホテルの窓から雲行きを眺めながら、いつ部屋を出るか思案しているところです。昨日からこちらに来ているのですが、街道沿いには釣り道具屋が目につき、ちょっと寄って行こうかという気にもなりましたが、如何せん予定が詰まっているため、またの機会に譲ることにしました。代わりにと言っては、いかんですが地元の本屋さんを回ってきました。このところネットで本を買ってしまうことが多く、本屋さんに行くことが減っていますが、地方の本屋さんにはそこでしか手に入らない郷土史の本が多くあるので、取材をする上で大切な場所です。昨日も取材対象に関わることが書かれていた『じょうえつ市の郷土史散歩』(北越出版)という本を見つけることができました。こういった本も、ネットで買えるのかもしれませんが、やはり本屋さんや図書館での出会いがないと手に取ることはなかなかできないと思います。本屋さんには頑張ってもらいたいですね。なるべく本屋さんで本を買おうと思います。

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2012年7月 3日 (火)

取材

東北、新潟、長野をまわる取材に出ております。今週いっぱいは旅の空の下です。先日お見舞いに行った人造人間カマイですが、大丈夫なのかという問い合わせが来ております。写真では、死相が出ていますが、本人は通い詰めていたガールズバーの女の子が見舞いに来ないことに腹を立てているなど、俗世への未練はタラタラなので、まだまだ大丈夫です。ほとんど、見舞い客がないようなので、時間の有る方は是非、冷やかしに行ってあげて下さいね。頑張ろうカマイ。

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2012年7月 2日 (月)

お見舞い

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睡眠薬飲み過ぎ注意の上原善広君と2ヶ月前に大動脈に亀裂が入り16時間の大手術を受け、ただ今三途の川のほとりにたたずんている釜井君のお見舞いに行って来ました。釜井君の血管年齢は79歳とのことで、こんな状態になってしまったのも乱れに乱れた私生活のせいであります。釜井君とは帝京大学で出会い、今日まで腐れ縁が続いているのでありますが、まだ三途の川を渡るのは早いんじゃないでしょうか、あまり早くいきすぎるのも如何なものかと思うので、この際じっくり体を休めて、早く嫁さんを探して365日マクドナルド&松屋及びピザハット生活から抜け出す必要があると思います。だからと言って、誰を紹介できるわけではないのですが、退院したら三人で釜井君の嫁探しの旅に出ようということで、意見の一致をみました。先日は上原君もあの世をちらっと見て生還したりと、なんだかごたごたが続いておりますが、もうしばらく頑張りましょう。それにしても釜井君の頭がナミヘイ状態になってしまいましたね。


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