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2012年5月

2012年5月30日 (水)

メダン

明治の頃から、戦前戦後と日本人が暮らしてきたメダンですが、大きな街ですので、どこに昔日の面影があるのかなと、フィリピンのトライシクルと同じバイクタクシーに乗って、徘徊してみました。からゆきさんから、インドネシア独立戦争を戦った日本兵、様々な日本との因縁がこの街にはあります。今回持ってきた金子光晴の「マレー蘭印紀行」にもメダンに暮らしていた日本人に関する記述が出てきますが、何しろ100年ほど前のことなので、どの場所に当たるのか皆目検討がつきません。まぁ、南国の空を眺めて、当時を偲ぶしかないですね。そういえば、昨日当地の方のご好意で貴重な資料をコピーさせていただく機会に恵まれたのですが、資料のページ数が合計で500ページ近くあり、さてどうしたものかと思ったら、コピー屋なるものがあるというので、持ちこんでみました。華僑が経営する雑貨屋の奥に、古いコピー機が二台ばかり置かれていて、浅黒い肌をしたインドネシア人の夫婦がコピー専門要員として、雇われていました。彼らに身振り手振りで、三冊分、表紙から何から全部コピーしてくれと頼むと、時計を指差し、三時間後に来いと身振りで示しました。さて、三時間後に行くと、コピーだけでなく、製本までしてくれて、手渡してくれたのでした。完璧な仕事ぶりに感動いたしました。おかげで撮影もはかどりそうです。

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2012年5月28日 (月)

スマトラ島

フェリーに乗って、スマトラ島のバレワンという、小さな港町に到着しました。フェリーの船内では、僕が日本人だとわかると、津波、福島は大丈夫かと、何度か聞かれました。原発事故によって、福島は世界に知れ渡ったんだと、思い知らされました。のどかな場所にいたこともあり、こちらの人は原発事故の事など気にもしてないのだろうなと、思っていたので、驚いた次第です。今日はメダンに向かう予定です。

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2012年5月26日 (土)

昔日の横浜

埠頭の油の臭い、うまいラーメン屋、労働者の食堂、沈みそうな泥船、プカプカと浮いた猫の死体、娼婦の存在。そうした横浜の港に日常として、あったものは、釣りに通いながら見てきたものでした。そして、今回バタム島の埠頭に通いながら、見えてきたのは、生きている港の姿でした。かつての横浜の埠頭を彷彿とさせ、港にはゴミが漂い、怪しげな屋台、トレラーが巻き上げる砂埃、暗がりには、労働者たちを相手にする立ちんぼ。港湾作業をしている横で釣りをしたのも、久しぶりでした。横浜から消えて久しい光景に出会い、懐かしいやら、嬉しいやら、切ないやら、様々な感情が入り乱れ、良い釣りの日々となりました。

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2012年5月25日 (金)

次の土地へ

バタム島へ来て、そろそろ一週間が経とうとしているので、昨日は旅行会社にフェリーのチケットを買いに行きました。ジャカルタ行きとスマトラ島のメダン行きがあるとのこと、ただ、ジャカルタ行きは昨日が出発日で、結果メダンへ向かうことにしました。こちらでは、釣り仲間もでき、一ヶ月ぐらい滞在して、釣り三昧の日々を送ろうかと思ったのですが、折角インドネシアに来たので、他の土地も見たくなった次第です。二回ほど、一緒に釣りに行ったオヤジさんの名前は、イスカンダルさん。年季の入った古い竿で、エサ釣りをしたりルアーを投げたり、いろいろしています。1m近いバラクーダというカマスを釣ったことが自慢です。明日移動すると言ったら、じゃあ夜釣りに行こうと、仕事を終えたら、ホテルに迎えに来て来れることになりました。バタム島での釣り納めです。

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2012年5月24日 (木)

バタム島滞在記その2

思いもよらぬ長逗留となってしまいました。特に何をするわけでもなく、ただただ町に沈殿しているようなものです。食堂でテレビを見ていたら、AKB48の歌が流れてきました。ジャカルタ48なるものもあるようで、時間が有ることに任せ、何でジャカルタにそんなもんが出来たのか、ナシゴレンというチャーハンを食べながら考えておりました。インドネシアは、人口は二億人以上、経済も上昇中。日本と韓国が家電のマーケットとしてかなり重視する場所だと、ちらっとテレビで見たことがありました。韓国は韓流ドラマとセットでせっせっと東南アジアで市場を開拓していきましたが、そう考えると、日本商品を売り易くするための先兵と言えなくもありません。今回、からゆきさんの足取りを追って旅をしていることもあり、僕の勝手な思い込みに過ぎないかもしれませんが、彼女たちは体を売るわけでありませんが、構造的にはからゆきさんなのですね。からゆきさんは娘子軍や醜業婦などと蔑まれながら、外貨獲得のため明治政府に多大な貢献をしました。旅していると、時に過去と現在が激しく絡み合って、ぞっとすることがあります。

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2012年5月21日 (月)

バタム島滞在記

こちらに来て、3日ほど経ったでしょうか。シンガポールから比べると、下水の臭いや道端のゴミが目につき、やっとアジアに来たような感覚がします。昨日は、部屋で日本で終わらなかった仕事などをして過ごし、夕方からふらっと散歩していたら、釣り具店が目に入ったので、足を運ぶと、むくむくとにわか太公望魂に火がつき、釣り竿とルアーを買い求めてしまいました。その時、たまたま居合わせた現地の釣り好きのオヤジさんと意気投合し、一緒に夜釣りに行くことに。オヤジさんのスクーターに乗せてもらい、向かった先は貨物船が停泊している埠頭。釣れそうな気配に気分も高まり、4時間ほどキャストを繰り返しましたが、釣果はオヤジさんのワタリガニ一匹でした。オヤジさんは、高級ホテルの従業員で、勤務先のホテルのレストランで、食事までご馳走になり、お世話になりっばなしでした。明後日も行こうと誘ってもらったので、自動的に、バタム島にしばらく逗留することになりそうです。

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2012年5月19日 (土)

インドネシア

クアラルンプールからシンガポールを経て、インドネシアに入りました。バタム島なる島におります。シンガポールの場末にいましたので、なかなかネットに繋ぐことができず、ブログの更新もできませんでした。シンガポールといえば、クリーンなイメージがありますが、光あれば影ありということで、じめじめとした場所を歩いておりました。具体的に書きたいところですが、いずれどこかで。一番印象に残ったのは、日本人墓地にあるからゆきさんの墓でした。古いものは、明治のものがあり、僕の祖父もまだ生まれていない年のものでした。まさに体を売り、この地で亡くなった女性たちのことを思うと、ぐっと込み上げてくるものがありました。からゆきさんがいた日本人街は、今はショッピングモールになっています。そして、今日フェリーに乗ってインドネシアに来た次第です。ジャカルタまで、フェリーで行ってみるつもりです。

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2012年5月14日 (月)

クアラルンプール

マレーシアの首都クアラルンプールにいます。宿はインド人街の中に取っていて、撮影に勤しんでいます。インド人街といっても、中華系の住民が多いので、中華食堂もあり、食事には困りません。こちらに来ると、よく歩くせいもあり、四回、五回と食事を取ってしまうことが多々あります。あんまり食べ過ぎないように気をつけます。ちなみに今日は、朝雲呑麺、昼焼きそば、夜チキンカレーを食べました。

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2012年5月12日 (土)

羽田

昨日は、朝一に写真集の打ち合わせを済ましてから、大ちゃんと塩見銀座の三人で横浜沖堤へ行ってきました。ゴリラ師匠も参加の予定だったそうですが、仕事をさぼれず、残念ながら不参加でした。おっさんだらけの釣り大会も回数を重ねてますが、昨日は初の全員坊主でした。大会後、聴き舎にて反省会。久しぶりということもあり、朝までコースと相成ってしまいました。今日は写真集の写真を選定し送らなければならなかったのですが、終わったのは、出発ギリギリでした。塩見銀座と大ちゃんから、釣竿持って行った方がいいですよと言われその気になっていたのですが、そのことに気がついたのは、羽田へと向かうバスの中でした。まぁ、釣竿など持って行ったら、ただの釣り紀行になってしまうので、気がつかず幸いでした。そんなわけで、これからエアアジアに乗って行って来ます。

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2012年5月11日 (金)

帰ってきました

昨晩、福島から帰ってきました。訪ねる度に様々なものが見えてきて、まだまだ通い続けることになりそうです。現地にいると、メールのチェックだけでなく、ネットに繋げられる環境にないので、ブログの更新もできませんでした。土曜日の夜から、マレーシア、シンガポール、インドネシアをまわる撮影に出る予定です。相変わらず、余裕を持って計画を立てられないドタバタぶりです。飛行機のフライトも日曜日の夜に出発だと思っていたら、一日ずれていました。インドネシアは前から行きたかった国だったので、楽しみです。二週間を予定していますが、もしかしたら、もうちょっと延びて、帰国は6月に入るかもしれません。まだ帰りの航空券を買っていないので、どこから帰って来ようか思案している所です。

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