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2011年11月

2011年11月30日 (水)

帰宅しました

島根での取材を終えて、寝台列車に乗って帰ってきました。寝台列車といえば、僕の世代にとってブルートレインですが、残念ながら今は出雲走っていません。その代わりにサンライズ出雲という寝台列車が走っているので、それに乗った次第です。サンライズ出雲には、まわりの乗客とは簡単しきりがあるだけのノビノビ座席というのがあって、今回はそれを利用したのですが、ちょっとまわりに迷惑をかけたかもしれません。たぶん、イビキはかいただろうし、自分でもはっきりと寝言を言っているにも気がつき目が覚めました。列車の揺れが地震のように感じ、地震だと地震だと叫んでいました。今度からは、個室を利用するようにしたいと思います。

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2011年11月28日 (月)

松江

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松江にいます。大学時代にバイクツーリングで通っている筈ですが、何も覚えていませんでした。今回、初訪問のようなものです。ホテルにチェックインしたあと、町の中を当てもなく歩き回ったのですが、印象は落ち着いた良い町です。これぐらいの規模の町が僕には居心地が良いです。今日は広島方面から中国山地の中を抜けて来たのですが、松江も含めて日本には良い土地がいっぱいありますね。


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島根へ

夜、ホテルで写真の整理をしていると、郡山カメラマンから電話がかかってきた。アマゾンにてひどい評価がされているとのこと。ふむふむとのぞいて見る。匿名で書かれている事に関して、いちいちコメントをしたくないのですが、自称ジャーナリズムという点に関して、僕自身はジャーナリストを名乗ったこともないので、ちょっと過剰反応ですね。敢えて言えば、大学中退後から今まで自称写真家です。とにかく、写真集を見た方々が、好印象なり悪印象なり、様々な感情を持っていただければ嬉しいです。興味のある方は、フクシマ2011、沈黙の春のページを見くださいね。というわけで、明日から島根に移動して、撮影を続けます。島根はフライデー時代に行って以来ですから、10年ぶりですかね。今回だけでは、島根の取材は終わりそうもないので、何度か通うことになりそうです。

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2011年11月25日 (金)

広島

午前中ちょっと時間が空いたので、北のアニキから紹介してもらい、10年近くお世話になっているカメラ修理屋さんを訪ねて来ました。現在は息子さんが継いでいて、2代目となるのですが、先代のOさんには大変お世話になりました。頑固な職人といった言葉がそのまま当てはまる人で、中途半端なカメラを買って修理を出そうものなら、「八木澤さんだからM6は買っちゃいかんと言ったでしょう。M2を買いなさい、M2を」と口を酸っぱく言われました。ちなみにM6とはライカの型のことで、今は作られていませんが、比較的に新しい型なので、彼に言わせれば、耐久性が劣るというのです。さらには、「あんなにピントがずれているレンズを使っていて、あなたはどうやってピントを合わしていたんじゃろうか」と言われたこともありました。まぁ、とにかくレンズからカメラ、いろいろなおしてもらいました。ただ、Oさんはマニュアルカメラとレンズが専門で、デジタルはなおさないので、機材をデジタルにしてからは、かつてほど頻繁に連絡を取っていませんでした。昨年、北のアニキと話している時にOさんの話題となり、亡くなってしまったことを知ったのでした。Oさんとは、電話で話しただけで、一度もお会いしたことはなく、何度か作業場にお邪魔したいと思っていたのですが、結局それも叶いませんでした。今日、はじめてご自宅にお邪魔すると、生前には拝見することができなかったOさんの顔写真が仏壇の前にありました。大好きだったというドイツ製のカメラと一緒に。Oさんはにっこりと笑っていました。できれば、生前にお会いしたかったです。後の後悔先に立たずとはこのことですね。せっかくなので、2本のレンズを点検のため息子さんに預けてきたのですが、1時間後に息子さんから電話が入り、ピントがずれてますねとのこと。相変わらず、あなたはまだそんなレンズを使っとんのかとOさんの呟きが聞こえたような気がしました。

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2011年11月23日 (水)

キャッチボール

今日は昼過ぎから、岡村公園野球場でキャッチボールをやってきました。聴き舎マスターの声かけで5人ほど集まり、2時間ほど汗を流しました。気持ちよく運動をしたつもりだったんですが、運動後夕食を取ったら急に疲れが出たので、家へと帰りました。継続的に運動をしないといけないですね。明日から、取材で広島、島根をまわって来ます。

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2011年11月21日 (月)

福島について

発売から1ヶ月以上が過ぎた「フクシマ2011、沈黙の春」ですが、おかげさまで、新聞アカハタ、信濃毎日新聞、週刊読書人、北海道新聞などで取り上げていただきました。友人の窪田さんもどこかの雑誌で書評を書いてくれるそうですが、名前を失念しました。特に北海道新聞にはインタビュー記事として取り上げていただいたので、その記事を読んで少しでも写真集に興味を持っていただければ幸いです。このブログでは、自分のどう仕様もない日常を綴っているだけですが、今回はちょっと、なぜ福島に通い続けているのか、書いてみたいと思います。原発に関しては、今までまったく取材もしたこともなく、漠然とですが安全なんだろうぐらいの認識しかありませんでした。それがあの津波が押し寄せ建屋が爆発する映像を見たとき、これはえらいことになったなという印象を受けました。爆発当時、ネパールにいたので、もちろんすぐに取材に行ける状況ではなかったのですが、日本から遥か離れた土地で思ったのは、あんな事故が起きたにも関わらず、原発近くに留まり生活している人がいるなら撮影したいということでした。事故から約1ヶ月ほどが経って帰国し、その日のうちに地震直後から取材していた郡山カメラマンに連絡を取ると、原発から30キロほど離れた場所で酪農家の方々が牛を置いて逃げることができず、高い放射線量下にもかかわらず暮らしているということを教えてくれました。帰国の翌日には福島に向かっていました。ネパール、黄金町、中国、タイ、そして今回の福島と何の脈絡も無いように思われるかもしれませんが、僕の中では一本の線で繋がっています。あまりに抽象的ですが、人の営みに興味があり、どのような状況下においても、不器用にそして力強く生きている人々にカメラを向け続けているつもりです。そう考えると、どんな現場に足を運ぶにも、そのテーマが金になるかということも当然考えなきゃいけないのですが、まずは自分のアンテナが反応し、自分の思いを込めることが出来るのかが大事なのだと思っています。

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2011年11月18日 (金)

黄金町

久しぶりに聴き舎に顔を出しました。両国俊ちゃん、シェフ大ちゃん、バブル山岸と歓談。相変わらずの馬鹿話が心地よかったです。4時間ほど滞在して、店を出ようとしたら、柄の悪いハゲオヤジが入って来たので、誰かと思ったら大ちゃんのお父さんでした。大ちゃんのお父さんは、弘明寺駅前で居酒屋を経営していて、一度顔を出しただけなのですが、「おい、ウーロン茶」と僕の顔を見るなり言ったので、名前はともかく覚えていてくれたのですね。客商売をしていると、客のことは覚えているもんですね、さすがです。

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2011年11月17日 (木)

観戦

日本シリーズ第4戦を観戦しました。ただ昔のように最初から最後まで集中して見られないものですね。全ての動きを見逃すまいと、全プレーに集中したものですが、野球への興味が薄くなっているのか、集中力が落ちているのか、時にはパソコンをいじったり、過去の日本シリーズをユーチューブで見たりしながらの観戦でした。それでも見応えは各所にあり、日本シリーズの緊張感はいいですね。ただ、ナイターではなくて、晩秋の天高い青空のもと行なわれるのが本来の姿ではないかなと思います。ナイターはどうしても味気なく感じてしまいます。

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2011年11月15日 (火)

帰国しました

サイパンから帰ってきました。当たり前ですが、寒いですね。今回の取材では、新発見がいろいろとありました。まだまだ知らないことばかりだと思い知った次第です。

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2011年11月14日 (月)

遺品

今日は午後から、現地の考古学者にサイパン戦の遺品を見せてもらいました。今から67年前の出来事ですが、こちらでは考古学ということになるのが、興味深いですね。2種類のものを見せてもらったのですが、その遺品の持ち主は、1944年7月7日未明の米軍陣地へのバンザイ突撃の際に亡くなったのではないでしょうか。約4000名の日本兵が亡くなり、その遺体を埋めた場所から発見されたものだとのこと。遺品は僕の仕事とも少なからず関係があるものでした。名前も書いてあり、その品が一軒の店でしか売られていないものなので、今も営業を続けているその店に顧客名簿が残っていれば、この遺品の持ち主の遺族または親族の方とお会いすることができるかもしれません。そうすれば、サイパンの土に埋もれていたものと、現在の日本と繋げることができます。こららの法律などの絡みもありますが、いつの日か日本に戻すことができればと思っております。サイパンでの取材はひとまず終わりますが、まだまだ取材は続いていきます。

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2011年11月13日 (日)

昭和のサングラス

今日は昼過ぎまで撮影をして、夕方からホテル近くのショッピングモールに行ってきました。来て早々に3ドルのサングラスを買ったのですが、ジャングルを歩く際に胸のポケットに入れていたら、いつの間にか壊れてしまい、それからは裸眼で強い陽射しの中をバイクで走っていたのですが、さすがに目に痛みを覚え、日本ではあんまり使うことはないですが、サイパンに来た記念ということで、ちょっと良いサングラスを買おうと、足を運んだわけです。サングラスと言えばレイバンしか思いつかなかったのですが、いろいろあるんですね。レンズの材質はほとんどのメーカーがプラスチックのようでしたが、レイバンにはガラス製のものがありました。それもクラシックなタイプで僕の中でのこれぞサングラス。ここまで書けば、サングラスに詳しい方なら、どのモデルを買ったかわかると思います。ズバリ渡哲也in西部警察大門モデルを買いました。そんなモデルはないですが、金色のメタルフレームのアビエーターというやつです。ただ、火曜日には帰るので、実質使うのは明日だけです。おまけにアロハシャツもハワイ製のものを3着買いました。これも来年まで着れません。まったくの無駄使いですね。

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2011年11月12日 (土)

日本シリーズ

今日も朝から島の中を撮影して歩いていました。さすがに連日洞窟の中ばかり入っていて、気が重くなってきたので、15時ぐらいにホテルに戻って来たのですが、島北部の洞窟に忘れ物をしてしまい、ホテルから取りに戻ったりしていたら、何だかんだいつもと変わらない戻り時間になってしまいました。ホテルに戻ってパソコンを立ち上げたら、日本シリーズが今日から開幕したようですね。ユーチューブで動画がアップされてないかと検索していたら、ついつい過去の日本シリーズの映像に見入ってしまい、夕食を取るため部屋を出た時には22時近くなってしまいました。4時間以上動画に釘付けでした。特に1994年長嶋巨人対森西武のシリーズが面白いですね。清原選手も精悍で凛々しいです。そのまま日本シリーズだけにしておけば良いものを、国民的行事とミスターが言った10.8の巨人対中日戦まで見てしまいました。ミスターのグラコン姿が格好よくて、思わずサイパンの免税店に似たようなグラコンはないか探してしまいました。早く上がろうとしたものの、いつも以上に寝るのが遅くなりそうです。

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2011年11月11日 (金)

バンザイクリフ

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今日は満月ということで、月を眺めに行きました。場所はバンザイクリフ。夜釣りの名所になっているようで、地元の人々が、日が落ちるとやって来て、かつて人々が身を投じた崖の上から釣り糸を垂れていました。

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2011年11月 9日 (水)

日々是ジャングル也

最近山好きの女性を評して山女だか山ガールだとかいう言葉があるそうですが、サイパンに来てからというもの、山ならぬジャングルボーイになっております。野人だとか、ターザンと言った方がしっくり来るかもしれません。ジャングル行脚では、現地の旅行会社パウパウツアーの女社長安井さんから借りた山刀が役に立っております。こちらではマチェッテというそうですが、安井さんの手入れが行き届いているのか、すぱすぱ雑草やら蔓のたぐいが切れるので、今日もついつい調子にのって振り回していたら、間違って蜂の巣を切り落としたらしく、蜂の群れの襲撃を受け、顔を二ヶ所刺されてしまいました。かなりの痛みでした。昨日は昨日で、山の中でヤシガニを小さくしたカニを見つけたので、仲良くなったチャモロ人のアルフレッドに見せようと、持って歩いていたら、いきなりハサミで挟まれてしまい、今までに経験したことない激痛を味わったのですが、どうあがいても離さないので、最後の手段としてマチェッテでハサミを切り落とし、何とかなりました。いまだに挟まれた傷が痛いです。何だかマチェッテの使い方が合ってんだか、何だかわかりませんが、行脚の友となっております。ジャングルの中の洞窟を訪ねる度に、多くの遺留品と出会うのですが、戦争の傷跡ではなく、未だに生々しい傷のように思えます。時間の許す限り撮影を続けたいと思っております。

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2011年11月 7日 (月)

サイパンとネパール

午前中、ホテルすぐ側のスーパーに爪切りを買いに行ったら、そこのスーパーの女性店員が鼻にピアスをして風貌がネパール人ぽかったので、もしやと思い、ネパール人ですかと話しかけたら、びっくりした顔をして、そうだと言いました。東南アジアではちょこちょこネパール人を見かけますが、まさかサイパンで会うとは思ってもいなかったので、ちょっと驚きました。1ドルの爪切りを買って、しばし立ち話。店員のネパール人は彼女だけで、もう一人の店員はバングラデシュ人でした。彼女はネパール人の旦那さんと子どもと暮らしているそうで、給料も安いから生活するのが大変だと言っていました。異国にいても人懐こいのは、ネパール人の良いところで、今度ご飯を食べに来て下さいと言ってくれました。時間があれば生活を覗いてみたいですね。このところ毎日アメリカンスタイルのボリュームたっぷりのステーキやらハンバーガーを食べ続けているので、ダルバートが食べたいですね。

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2011年11月 5日 (土)

バイク

昨日からバイクに乗って、サイパンの中を走り回っております。レンタカーを借りたいところですが、物価は日本とたいして変わらないので、韓国人のおじさんが経営しているレンタルバイク屋で、ディスカウントしてもらい借りております。メインロードは舗装されているのですが、ちょっと外れるとダートなので、意外にバイクの方が便利なような気がします。雨が降ったらやばいですけど、今のところ天気には恵まれております。撮影場所は山の中なので、めぼしい場所にバイクを止めて歩くのですが、何度も鍵を着けっぱなしにしてしまい、冷や冷やしました。一度山の中で、やはり鍵を取り忘れて歩いていた時は、どこから連絡が行ったのか、警察のオジサンがバイクの前で待っていてくれて、「盗まれるから、鍵を持っていかなきゃ駄目だぞ」と心配してくれました。その後、警察のオジサンは、山の中から出て来た僕を見て、不審に思ったようで、何をしてる、身分証明書を見せろと尋問してきました。日本のパスポートを見て怪訝な顔をしていましたから、よっぽど怪しかったんでしょうね。一日ぐらい外国人らしく、ビーチで泳げればと思っています。そういえば、こちらには日本統治時代の名残が言葉に残っていて、チャモロ人の少女が、いきなりオンブと行って赤ちゃんを背負ったのには、驚きました。それは日本語なんだよと彼女に言ったのですが、きょとんとしていました。

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2011年11月 3日 (木)

寂しくないか?

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今日は、数日でざっとサイパンを見たこともあり、今後の予定を練り直すために資料を読み込みました。それと、リゾート地サイパンにありながら、我がホテルはビーチから離れた場所にあるので、部屋の目の前にトタン屋根の町工場のようなものが建っていて、朝っぱらうるさいので、部屋を変えてもらったり、洗濯屋に服を持って行ったりと、ちょっとのんびりしました。昼過ぎにガラパンの町の中を飯屋を探して歩いていた時のこと、以前よりは町は寂れ、最近増えてきたのは中国人のマッサージ屋だそうで、歩いていると「マッサージ、マッサージ、可愛い子いるよ」と中国人女性の客引きに声を掛けられるのですが、どうやら鴨に見えるのか、必ずしつこくついて来るので、無視して歩いていたら、「あんたひとり寂しくないか、どこ行く?」と客引きの女性。さすがにその発言には吹き出してしまいました。その後、町の中の旅行者を観察してみると、いい年した旅行者のおっさんが一人で歩いているのはあまり見かけず、大概女性のグループかカップル、またはむさいおっさんの集団などが多いことがわかりました。仕事で来ていることもあり、寂しくはないのですが、客引きの女性からしたら、寂しいオーラが出ていたのかもしれません。そんなわけで、夕方からひとり散歩がてら米軍上陸地点まで足を延ばしてみました。アップした写真はそこで撮った一枚です。


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2011年11月 2日 (水)

サイパンの密林

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今日は朝から、北部を中心にサイパンの山の中から、海岸べりまでみっちり歩いてきました。東南アジアを中心に戦跡を巡ってきましたが、ここサイパンで一番見ていて辛いのは、亡くなった兵士たちの遺留品だけでなく、亡くなった民間人の方々の遺留品が目につくことです。赤茶けた手榴弾と一緒に、水をくむ為に持ち歩いていたビール瓶や一升瓶、さらにはバンザイクリフ近くの洞窟で女性が持ち歩いたであろう櫛を見た時は、思わず言葉を失いました。サイパンのジャングルは戦後米軍が種をまいたタガンタガンという木が密生していて、昼間歩いている時にジャングルの中で道を見失い、プチ遭難してしまいました。写真のような場所は、まだ歩き易いのですが、特に平坦地の密林は目標物が見つけにくいので、かなり厄介です。明日以降、迷わないように気をつけます。


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2011年11月 1日 (火)

サイパン

昨晩の飛行機で、サイパンへとやって来ました。夜中にホテルにチェックインして、4時間ほど仮眠を取ったあと、空援隊の理事長倉田さんと空港で待ち合わせの予定だったのですが、ホテルでのんびりしていたら集合時刻の15分前、慌てて空港に向かったものの、倉田さんの姿はなく、困ったなと途方にくれる、サイパンの空港にはタクシーもバスも見当たらないので、仕方なく、とぼとぼ歩きだし5分ほどたっただろうが、クラクションを鳴らす不審なヒュンダイのセダン。所用を終えて念のため僕を捜しに空港に戻ろうとしてくれた倉田さんでした。3、4年ぶりの何ともおかしな再会、といっても僕の遅刻が原因ですが。倉田さんとの出会いはルソン島のビリアパ、遺骨収集取材で知り合い、今までお世話になってきました。合流後、倉田さんの調査に同行させてもらい、サイパン在住30年になる安井さんも紹介してもらいました。安井さんにはサイパン取材をはじめるに当って、多くのヒントをいただきました。今日、一日島をまわっていて驚いたのは、目に入ってくる空と海の青さです。それ故に、ここが戦場になり多くの命が失われたことに思いを巡らすと、その青さも切ない色に見えました。

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