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2011年3月

2011年3月30日 (水)

村の人々

昨日のブログで10年前に出会った兵士たちの消息を尋ねたと書きましたが、今回の旅で7年ぶりに訪ねた村があります。当時は歩くしか手段がなく、二日掛けて村を訪ねたのですが、今回はバスが走りはじめていたので、8時間ほどの移動時間で村につくことができました。その途上、前回泊まった峠の宿の主人が僕のことを覚えていてくれて、笑顔で握手を交わしました。ただバスが通ったおかげで、宿の経営は悪化し、家賃を払うのも大変だと言ってました。そして、当時亡くなった女性兵士の実家まで案内してくれたマオイストの老人とも、道で偶然再会し、これまた久方ので邂逅を喜びあいました。彼らはネットはおろか、携帯も持っていないので、連絡を取り合うには、直接この場所まで来ないといけません。日々の生活で、パソコンはかけがいの無いものであり、パソコンなくして仕事は成り立たないですが、今回の旅であまりパソコンに依存するのも如何なものかなという気持ちも芽生えてきました。そんなことを言いながら、ブログを必死に更新しているわけですが、いろんな事を今回の旅は教えてくれたような気がします。

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2011年3月29日 (火)

人民戦争

山間部の取材から帰ってきました。今回は主に10年前に出会ったマオイスト兵士たちの今を訪ねてきました。まったく発表の予定は経っていませんが、ちょうど10年前の夏に出会った若き兵士たちのことが、今でも強い記憶として心に残っていて、彼らの今が気になります。たった2日ほどの時間を一緒に過ごしただけですし、あくまでも僕の一方的で勝手な思いですが、何年も一緒に過ごしたような感覚に陥ります。言葉ではうまく説明できない感覚です。この感覚は何なんでしょうね。撮影した中には既に戦死してしまった兵士も少なからずいて、今回は遺族にしか出会えませんでした。生きている兵士に会いたいのですが、なかなかうまくいきません。明日からもマオイストの兵士たちが収容されているキャンプをいくつか訪ねたいと思っています。西ネパールの山間部を訪ね、村人たちと話して思ったのは、生活状況は人民戦争前とまったく変わっていないということです。果たして、あの時出会った兵士たちが、農村部の状況を変えるために流した血というのは、何だったのか。もうしばらく、思考したいと思います。

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2011年3月23日 (水)

ネパールは貧しい

ネパールは貧しいという現地の人の言葉をよく耳にします。この国に最初に来た時から、ずっと耳にしている言葉です。確かに物質的な面で日本と比べたら、貧しいことは間違いないでしょう。精神性や文化という側面から、豊かさを測ったら、断然ネパールの方が豊かな国だと僕は思います。ただ世の中の価値基準が、現金や物質的な豊かさに重きを置いているため、ネパールは貧しいという言葉をネパール人にはかせてしまうのでしょう。その言葉を聞くたびに複雑な気持ちになります。持てる国から来た者が、いやいやネパールは精神的に豊かな国なんですよと言ったところで、嫌味にしか聞こえないので、僕は黙って聞き流すしかないのです。ネパールも年々、車やバイクが増え、道路も舗装され、彼らの願う豊かさは少しずつではありますが、満たされてきているのではないでしょうか。それとともに、ネパール人の心根の優しさや温かさ、豊かな文化というものが、蔑ろにされなければいいなといつも思うのです。亡くなった祖父が、戦前の日本は隣近所ともよく縁側でいろいと話す時間があり、いつも誰かが訪ねてきて、楽しいものだったと、滅多訪ねて来る人もなかった晩年、ぽつりと言ってました。祖父は、物質的な豊かさを戦後の高度経済成長期の日本で得ました。何度か尋ねようと思って尋ねることはなかったですが、祖父にとってどちらが良い時代だったのでしょうね。まぁ人は社会の一員である以上、時の流れにのって生きるしかないですから、その辺は達観していたのかもしれませんね。ただあの寂しげな背中が、印象として強く残っています。

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2011年3月22日 (火)

西ネパール

ポカラからバイクに乗って、西ネパールのネパールガンジへとやって来ました。距離にして400kmほど走ったでしょうか。こちらの道は人だけでなく牛やヤギが飛び出したりして来るので、日本なら一日で走れてしまう距離も二日がかりです。ただ信号がないので、快適なツーリングになりました。日本の震災の様を見ておきたいという気にもなりますが、こちらでやるべきことをじっくりとやりたいと思っています。快適な気候だったポカラに比べたら、平野部なので暑いですが、40度を超す5月に比べたら、まだまだ大丈夫です。明日から山に入る予定です。ポカラのトレッキング屋で杖や食料などを購入し、態勢を整えましたが、しっかりと歩けるでしょうか。がんばりたいと思います。

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2011年3月16日 (水)

ポカラ

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日本の地震は大変なことになっているようですね。先週からネパールにいるので、地震の詳細はわかりませんが、原発が気になりますね。多くの亡くなった方々のご冥福を祈りたいと思います。こちらでは、義理の弟の結婚式に参列しました。ネパールの結婚式は、じっくりと眺めたことがなかったので、2日にわたる結婚式は興味深かったです。すべてが近所の人々の協力によって成り立っていて、地域の共同体が根強く残っています。写真は近所のおばさんが踊っている様子です。ネパール人の嫁さんをもらっていますが、寺で簡単な儀式をしただけなので、最初から最後まで結婚式に参加するのは初めてのことでした。今週中はポカラでのんびりして、西ネパールに行こうと思っています。まだまだ民俗学的にも面白い風習が残っているので、その辺をじっくり撮影したいと思っています。こちらは、計画停電が続いていて、なかなかネットに繋げられないので、ブログ更新も頻繁にできませんが、できる限り更新したいと思います。今日はポカラの中心部マヘンドラプルという場所にある友人のカメラ屋でネットに繋げてます。

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2011年3月 9日 (水)

吉報

先日、成田から飛び立つ際、友人の早坂から電話。何かと思ったら、昨年彼が出版した「幻の甲子園 昭和十七年の夏 戦時下の球児たち」(文藝春秋)がミズノスポーツライター賞の最優秀賞を受賞したとのこと。とにかくめでたい。早坂とは学生時代に知り合い、今日まで付き合いが続いていますが、電話を切ったあと、嬉しさがこみ上げて来るとともに、まだまだお互いカメラマンともライターとも言えない頃に練馬の六畳一間で男三人暮らしをして、将来の夢しか語ることがなかった日々を思い出しました。あれから15年ほど経ちますが、それぞれの領域で仕事をしてきただけに、心からおめでとうと言いたいです。最近では近代史をテーマに執筆を続けている早坂ですが、昔から野球好きで、20代はじめの頃に半年だけライター学校に行ってた時、最初の課題が出た時、野球のことを書いていたことも思い出しました。最近はちょくちょく同じチームで野球をやってますが、使っているグラブはミズノ製じゃなかったような気がします。確かバットも違ったんじゃないでしょうか。それはさておき、昨年の上原の大宅賞に続き、早坂のミズノ賞とまわりがどんどん羽ばたいていますが、僕はいまだに無冠の帝王ならぬ、無冠の足軽のままですが、気合いを入れなおして頑張りたいと思います。

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2011年3月 5日 (土)

帰ハマ

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岐阜から東名を走って帰ってきました。ひとりで運転していたので、眠気との闘いでした。音楽を聴いたり、ガムを噛んでも、どうにもならないので、適当にカメラ構えシャッターを切りをながら走り出したら、カメラマンの習性か、カメラを持つと眠気が消えていったのでした。シャッタースピードを変えたり、感度を変えたりしていると、おもしろい絵が撮れるので、ついつい夢中になっちゃいました。ただ、ファインダーを覗くと危ないので、ノーファインダーで撮ることをお奨めします。まぁ誰もやらないか。これから、ネパール行きの準備などをして、早々に寝ます。

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2011年3月 4日 (金)

岐阜

久しぶりに岐阜にいます。10年ぶりぐらいでしょうか。週刊誌のカメラマンをやっている時に、マラソンの取材でQちゃんを撮りにきたと思います。その時は日帰りだったので、滞在したのは、それより前、旅行雑誌の取材で来たんじゃないでしょうかね。その時は、取材費がふんだんに出ていたので、岐阜では飛騨牛、名古屋では熱田神宮近くで、ひつまぶしと20代半ば、貧乏フリーで食べざかりということで、ここぞとばかりに謎の領収書を乱発したのを覚えています。今回は、慎ましやかに取材に専念しております。週明けから、ネパールに行かなければならないので、ちょっと慌ただしい日々ですが、がんばります。

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2011年3月 2日 (水)

都内で打ち合わせ。かつてネパールで撮影したモノクロ写真をじっくりと選ぶ。当時はネパール人の友人の家に居候させてもらいながら、村の生活や子どもたちにカメラを向けていた。モノクロの良さ、何気ない日常にカメラを向けることの大切さに気づかされる。当時の写真は、荒っぽい真っすぐな写真なんですが、それが今の自分の写真には無い魅力だったりします。写真というのは、当たり前のことですが、被写体だけでなく、シャッターを押した自分自身が写っているものだと思います。それ故、僕自身が変われば、写真も変わるわけで、過去と同じ写真というのは、写すことはできない。技術的なことはさておき、写真というのは進化すると同時に間違いなく退化する部分というのがあるのではないでしょうか。今後作り続けて行く作品の中では、僕の心の様をきちんと表現していきたいと思います。

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