« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010年12月

2010年12月31日 (金)

今年も早いものでいよいよ終わりですね。相変わらず気が早いですが、新年を迎えるにあたってブログのデザインを変更してみました。本来なら元旦から変えるべきなんでしょうが、柄にも無く年越しカウントダウンの取材があるので、ちょつと時間が無さそうなので、今から変えておきます。仕事納めが仕事始めになるということになりそうです。これはこれでいいんじゃないでしょうか。正月は3日ぐらいまではのんびりしたいなと思っています。手に入れたままで読んでない本がけっこうあるので、特に、神話のたぐいをじっくり読みたいですね。

|

2010年12月28日 (火)

まずはお知らせ、9月にバンコクで取材した性転換に関するルポがネット上で見られるので、ご一読ください。こちらがアドレスですhttp://www.chuokoron.jp/2010/12/post_47.html 昨日は、黄金町で中園さんと打ち合わせをしたあと、今月30日をもって店じまいとなる聴き舎にて雑談。突然の休業宣言に、みんな驚いています。ただマスター田村のことだから、何気ない顔で年明けから営業している可能性もあります。もしかすると、あのすっとぼけたマスターぶりが見納めになる可能生もあるので、一度足を運んでみてください。最終日である30日はワンコインで飲み放題との噂もありますが、定かではありません。とにかくおつかれさまでした。3年ほどの営業だったとのことですが、とにかくあっという間でしたね。残念です。開店当初のマスターの写真を毎度恒例、勝手にアップしておきます。背景に浅間山荘云々の文字が見えて、当時の髪型からも活動家のような雰囲気ですが、マスターは活動家ではありません。

Epsn0027

|

2010年12月27日 (月)

夜中にブログをアップしたりするのは、あんまりよろしくない。ついつい感情的になってしまったりする。そんなことを言いながら、原稿に行き詰まったりすると、アップしたくなるもの。そんなわけで、今日も夜中にブログを書いています。昨日は寒風の中、元気なおっさんたち5人が公園に集まりキャッチボール。このところ運動不足だったので、良い運動になった。そろそろ仕事納めと思っていたのだが、何だかんだ大晦日まで働くことになりそうだ。いつもの年なら、コタツに入ってダラダラしているものだが、40歳も近くなってくると、いろんなものが見えて来て、やらなきゃいけないものが雪だるま式に増えてくる。ただ体はガタが出始めているので、その辺のバランスの取り方が難しい。今までは体のことなんかまったく気にしなかったのだが、そういうわけにもいかなくなる。「悠々として急げ」
開高健さんの言葉が寒風とともに身に沁みる今日この頃です。

|

2010年12月26日 (日)

極論を言わせてもらえば、僕を含めて、カメラマン、ライター、ジャーナリスト、フォトグラファー、などと呼ばれる者は、各々がここはと思う現場に行かなければ、社会に適応できない、ただの与太者かゴロツキでしかない。このところ女性に貢いでもらった金で取材をしていたと何とか大騒ぎになっている山路徹氏。まったく面識もないが、何もそこまでいたぶるなと思う。僕は残念ながら女性に貢いだことは多々あっても、貢がれたことはまったくないので、取材に出る場合は自腹か、口八丁手八丁で出版社から取材費を出してもらい、現場へと向かう。取材者というのは、行きたいと思った現場には、どんな手段を使っても行くべきなのである。取材者に求められるのは倫理観ではなく、現地の実情を写真や文章で語ることなのだ。そもそも取材者という人種は他人より、ちょこっと好奇心が強くて、世界的な規模で火事場見物をしているようなものなのだから、僕の手前勝手裁判では山路氏は無罪なのである。僕も週刊誌のカメラマン時代、スキャンダルの渦中にある人物を時々追いかけましたが、その一方で、取材費で楽しい所に行ったり、オイシイものを食べたりしていたわけで、ほめられた金の使い方をしていたわけではない、おそらくマイクを向けているリポータもそんなに変わらないと思うけどな。そもそもマスコミなんていうのは、解釈によってどうにでもなる情報と言う極めて曖昧なものを商売としている山師のようなものなんだから、己は見苦しい存在であるということをベースに持っていないと、いけないんじゃないのかな。

|

2010年12月23日 (木)

昼過ぎから都内で取材。19時前には取材を終えて、新宿和平飯店にて夕食。なんて書くと、高そうな店と勘違いされそうですが、G街の外れにある中国の片田舎にありそうな素朴な店です。ミスターとばくばく頬張った後、大久保界隈を散歩。無国籍な感じが良い。街に活気があり、体内の血の巡りまで良くなったような気がした。それからいつものパパス。この頃出会い系にはまっていて、権力も、金も無い金正男、と言うことはタダのメタボオヤジ釜井も合流。さらには湯島のラブホテルに滞在中のみなみあめん坊氏も偶然顔を出し、にぎやかな宴。あめん坊氏とは上原の授賞式以来の再会、とにかく元気なおっちゃんである。パパスを出てからも正男が、最近これまたはまっているというバーに行こうと執拗に誘ってくるが、一蹴して帰宅。正男は僕やミスターのような気ままなフリーランスと違い、明日も9時出社の筈だが、毎晩のように夜遊びしていて大丈夫なのだろうか。そういえば、日焼けサロンにも通い出し、こんがりと焼けた焼豚のようになり、暴れん坊路線まっしぐらである。まぁこれぐらい元気な方がいいのだろう。ただ初対面のあめん坊さんが話しかけているにもかかわらず、メールに熱中するあまり、携帯画面かぶりつき、無視するのはよくないぞ。

|

2010年12月21日 (火)

久しぶりに黄金町。昼間は写真のスキャニング、その後夜から聴き舎にて、早坂、マスターと久しぶりに野球談議。来季に向けての方針など。何だかんだ話していたら、日をまたいでしまった。振り返れば、今年は野球に熱中したな。サードならぬサードコーチャーに徹したらという話しも出て来ているので、素直に従うべきなのかなとも思います。

|

2010年12月19日 (日)

横浜に帰ってきました。行きは米原経由だったので、帰りは日本海側を通って戻ってきました。いつもは車で取材に出ることが多いのですが、今回は電車でした。元々電車の旅は大好きで、中国の取材でも出来る限り寝台列車を利用していました。たいして料理のうまくない食堂車も苦にならず、何日乗っていても飽きないんです。中国の取材は大変ですが、電車の旅ならばまた行きたいですね。日本でも学生時代は青春18切符を買って、当てもなくふらふらしてました。さすがに最近は、鈍行で旅する時間もないので、してないですが、この冬は久しぶりにのんびり旅でもしたいですね。

|

2010年12月18日 (土)

とある宗教の取材で福井にいます。福井という土地は言葉ではうまく言えないのですが、なぜか心落ち着く土地です。歴史ある古い風土でありながら、戦国時代には一向一揆の拠点となったり、犯罪者の福田和子が長く潜伏していたり、そして今取材している新興宗教の存在。独断と偏見ですが、よそ者にとって居心地が良い風土なのかなと思ったりします。今流行のパワースポットじゃないですが、地理的に心落ち着く土地というのがあると思います。仕事上、いろんな土地を訪ねていますが、福井は好きな土地のひとつですね。ただ住みたいとは思いません。寒い土地は苦手なんです。

|

2010年12月16日 (木)

坂本兄やんから、いつものお知らせメールが届く、朝日新聞に出てますとのタイトルだったので、すわっ、坂本兄やんが逮捕でもされたのか、容疑は何だと思い、クリックしたら、こっちの勘違いで、先日兄やんがベトナム戦争中に活躍された故沢田教一さんの奥さんが経営するフレンチレストランに行った時の模様が記事になってました。http://mytown.asahi.com/aomori/news.php?k_id=02000001012140004
記事中に出てくるエディさんには、僕にとっても浅くて薄い縁があります。以前某写真賞の最終選考に残った時、我が師今枝さんから、君が受賞するに決まっている、前祝いだと言われ、エディさんと親交のあった今枝さんから、バナリパのカメラマンベストをプレゼントされたのです。そのカメラマンベストはエディさんが使っていたものでした。結局賞も受賞できず、ベストは大きすぎて着れず、タンスの肥やしになっています。伝説のカメラマンが使っていたベストですから、その名にあやかって使いたいものですが、大きさは元より、最近主に撮影しているのがストリップ劇場ということもあり、カメラマンベストを着ていくと、何だか仰々しいんですよね。また今度危なっかしい土地に行く時に、羽織っていきたいと思います。

|

2010年12月12日 (日)

先日は毛糸帽に新品のブーツで着飾ったハマの辰蔵軍曹、大ダルマ親方と年末恒例の深夜パトロール。軍曹は「明日仕事で朝早いんすよ」と誘われて困ったようなことを言うが、その顔はニッコリで何ともわかりやすい男である。軍曹はなぜか最近、急に金回りが良くなり新車を購入予定とのこと、何ともうらやましい。深夜1時に会合終了後、大ダルマ親方はまだまだ物足りないらしく、ひとり闇の中へ消えていった。突然話題は変わりますが、ただいま発売中の中央公論にて、”セックス・チェンジ・コーディネーター「性の橋渡し役」は天使か悪魔かビジネスマンか ”と題したルポを発表しております。初めて挑戦するテーマで、バンコクを拠点に生活している一人の青年を主人公にルポを書いています。性転換に関しては、もっと深く広く取材を続けて行く予定ですので、ご一読いただき様々な感想を寄せていただければ幸いです。それと実話ナックルズにて、オウムの逃亡犯に関するルポを書いています。更にお知らせで、今年5月に取材したタイ騒乱の電子写真集もいよいよ発売が近づいてきました。正式に日程が決まりましたら、また報告しますので、こちらもよろしくお願いします。

|

2010年12月10日 (金)

ルポライターの朝倉喬司さんが亡くなったと、ナックルズ編集長の中山さんから聞く。ひとりで暮らしていたそうで、アパートの住人から異臭がするとのことで、朝倉さんの部屋を大家さんが開けたら、亡くなっていたという。孤独死だったそうです、朝倉さんとは一度だけですが取材にカメラマンとして参加し、その後も何度か人を紹介してもらったりとお世話になっていた。特に朝倉さんの著書『犯罪風土記』はナックルズで犯罪者の生まれ故郷を訪ねる取材を続けていた時に、大いに参考にさせてもらった。チンドン屋の取材をしようと思い、チンドン屋の取材もされていた朝倉さんに連絡をしようと思っていた時に、突然の訃報。虫の報せだったのかな。僕がこれからやろうとしていたり、やったことは既に朝倉さんが取材されていたテーマばかりで、僕が勝手に思っていただけですが、朝倉さんは時には大きな壁であったり、優しく見守ってくれる存在だったわけです。まだまだご一緒できればと思っていただけに本当に残念です。心から御冥福をお祈りいたします。

|

2010年12月 9日 (木)

急に寒くなってきて、やっと冬らしくなってきた。こうなると、東南アジアあたりに逃げたくなるのは駄目人間気質がなせる業か。今日も起きてワイドショーをつけたら海老蔵。社会で暮らす以上、最低限の公共心や道徳心は必要だが、ここぞとばかりに袋だたきにしているような印象が否めない。勝新にしても、海老蔵にしても規格外れの暴れん坊だからこそ、人を惹き付けるものがあるのではないか。品行方正の海老蔵なんて面白くも何ともない。かつて散々叩かれた勝新も今では、勝新伝説などと雑誌で取り上げられているのをちょくちょく見かける。海老蔵もいずれそうなるのだから、ほっといてやればいいのではないか。ファンでもなんでもないのだが、何か海老蔵のことになると熱くなってしまうな。

|

2010年12月 5日 (日)

横浜で行なわれる車のイベントのため、北のアニキが横浜に来た。桑野画伯が働いているルノアール、聴き舎で語り合う。新聞社とフリーランス、立場は違うが写真から糧を得ている者として、アニキとの語らいは今後の励みになる。アニキに今年撮影した写真を見てもらうが、改めて自分で見返しても、納得いかない気持ちばかりが湧いて来る。こうした心に霧がかかったようなもやもやした気持ちは、写真を続ける限りなくならないのだろう。

|

2010年12月 2日 (木)

このところ、夜釣りやら取材やら原稿やら、何やらで、さすがに疲れが溜まったので、昼に起きて、食事を取ってからまた寝て、さきほど起きた。メールを開いたら、13年前にネパールで撮影した少女からメールが来ていた。当時は12歳だったから今は25歳。現在はネパールを離れオーストラリアに住んでいる。この9月にネパールに行ったとき、彼女はオーストラリアに行ってしまっていたので、会えずにメールアドレスを家族からもらったので、10月に日本に帰ってきてからメールをしたのだが、一ヶ月以上経ってメールが来た。すっかりメールをしたのも忘れていたので嬉しかった。まるでひと昔前のネパールから送られてくるエアメールのようなタイムラグのある返事というのもいいもんだ。当時は満足に英語も話せなかった彼女が、英文でメールを送ってくると、時の流れを感じずにはいられない。

|

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »