« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

2010年8月

2010年8月28日 (土)

来週から1ヶ月ほど海外に出るので、何かと慌ただしいです。出る前にやっておかなければならないことが多々あり、怠けずに早く手をつけておけばと、いつもながらに後悔しております。来月にはタイ取材をまとめた電子書籍を出す予定ですので、詳細が決まりましたら報告いたします。ちょっとは秋らしくなり、スポーツの季節がやって来ますが、その時期に日本を離れるのは心残りです。

|

2010年8月23日 (月)

L1011600

数十年ぶりに御輿をかつぎました。おかけで今日は、全身筋肉痛です。あんなに重かったかな。担いだ距離は100mにも満たないと思います。黄金町の仲間たちは元気よく担いでいたました。今後は、見学に徹します。

|

2010年8月21日 (土)

R0014396

先日夕涼みをかねて、今年はじめて横浜スタジアムに足を運んだ。田村聴き舎の呼びかけで、中川ゴリさんの誕生日を祝う会ということで、田村さんの彼女や鳥辰、純平、下助など10人が集まって、なんとも賑やかな野球観戦となった。ちなみに大磯の文豪も参加の予定だったのだが、突然のドタキャン。この日は、オールドユニフォームで両チームが試合するという何とも嬉しい企画が行なわれていた。阪神は真っ黒い大阪タイガース時代のユニフォーム、ベイは少年時代、大洋友の会時代によく見た白地に紺でYOKOHAMAと入ったもの。復刻ユニフォームを着た選手たちがグランドに散らばると、心は80年代の古葉大洋にタイムスリップした。選手の応援歌も当時のもので、高木豊、高橋雅裕、屋敷、ポンセ、田代など、そしてお馴染みデンデ、デンデンデンのデンデン太鼓にゆくぞ大洋まで聞こえてくれば、それだけで満足。試合内容はというと、これまた80年代の大洋そのままに大敗。律儀に試合内容まで復刻されていました。試合後、田村聴き舎はいつのまにか消えてしまったので、ゴリさん、鳥辰、純平とゴリさん行きつけのフィリピンレストランへ。ダーツやカラオケの設備まであり、ゴリさんのために純平がhappy birthday to you を歌う。男三人に囲まれて誕生日を祝われるゴリさんの表情はなぜかニコニコしている。レストランと同じ階には鳥辰行きつけのフィリピンパブが入っていて、時おりホステスが料理を注文しにくる。すると、鳥辰のカラオケに俄然力が入るところが面白い。何とも愉快なゴリさんの誕生日でした。考えてみると、あまり人の誕生日を祝ったこともなく、己の誕生日にはまったく無頓着。今年はバンコクで強制排除の日がその日で、実弾が飛んでくる現場でそう言えば誕生日だと思い出したほどでした。ビアスの辞典によれば、この世に生を受けることは"数ある災難の中で、最初に訪れる最も恐ろしい災難"とのことですが、確かに毎日良いことばかりではないのが人生ですけど、野球観戦からカラオケまで、皆の笑顔を見ていたら、ゴリさんを祝っていたかはさておき、とても良い一日でした。

|

2010年8月18日 (水)

このところの暑さを言い訳にして、連日高校野球を観戦しております。何で毎年、毎年飽きずに朝から晩まで見ることができるのでしょうか。昔はプロ野球もほぼ毎日テレビ観戦してましたが、最近ではほとんど見ません。だけど高校野球は別です。数年前から神奈川県予選から時間の許す限り見ています。高校野球の魅力とは何なんでしょうね。明日はいよいよ東海大相模が登場するので楽しみです。

|

2010年8月15日 (日)

靖国神社へ行ってきました。ここ数年、他の取材と重なったりしなければ、極力足を運ぶことにしています。管政権の閣僚が誰も参拝しなかったこともあるのか、今年は右翼が元気でした。終戦の日ということもあり、太平洋戦争の悲惨さを訴える新聞記事やテレビ番組も目立ちます。これらの報道を見て思うのは、確かに戦争は悲惨なものだし、絶対に避けなければならないことだと思います。ただ、太平洋戦争だけを取り上げて、平和を訴えたり、大日本帝国だけを批判するのは、ちょっとしっくりきません。大河ドラマの龍馬伝がブームとなり盛んに幕末が取り上げられてますが、大日本帝国の生みの親は薩長政府にあるわけで、幕末から昭和にかけて日本と西洋諸国との関係や近代国家とは何なのかということも含めて、太平洋戦争というものを捉えないと、問題の本質は見えてこないと思うのです。現在の日本政府も敗戦により、大日本帝国と断絶しているような錯覚を受けますが、国家という捉え方をすれば本質的には変わりません。有志以来この国家という集団が発生して以来、戦争は続いているわけで、今後いつまた天皇陛下万歳だか共産主義万歳だか民主主義の正義のためだか何だか知りませんが、何かしらのスローガンのもといつまた戦争が起こる可能性はあるわけです。靖国の空の下そんなことを思いました。

|

2010年8月14日 (土)

バンコクでの取材のため、現地駐在の友人のカメラマンと話していたら、今年5月バンコクの現場で出会った某有名カメラマンの批判コメントがとある雑誌に載っていて、そのコメントを出したのは僕ではないかと聞かれた。その雑誌で仕事をさせてもらっているものの、そもそもそんなコメントが載っていることすら気がつかず、ペンネームを使うことも嫌で、今までペンネームで記事を書いたのは、革マルの取材をした時ぐらい。そのカメラマンを批判する記事を載せるなら実名でやるし、匿名でコメントを出すなんてことは有り得ない。さらには、悪口を言うことはよくありますが、あまり他のカメラマンの仕事を何だかんだ言って、記事など書いたこともないし、書きたいとも今のところ思わない。自分の写真と向き合うのが精一杯なのが現状。なかなかその方とお会いすることもないので、そのコメントを出したのが僕ではないかと疑っていたようなので、この場を借りて言いますが、僕ではないですよ。カメラマン界の片隅にいる僕のところにも時々、誹謗中傷の類は寄せられるので、その方ともなるとしょっ中なのでしょうね。報道カメラマンの数がどんどん減っていき、天然記念物状態なのですから、みなさん仲良くやりましょう。そういえば、まったく面識はないですが、アフガンの常岡さんはどうなったんですかね。

|

2010年8月12日 (木)

甲子園もはじまり、暑い日々が続きますが、今日はひと雨降って心地よいですね。このところ終戦の日も近いこともあり、インパール作戦や高砂義勇隊などの戦記物を集中的に読んでいます。つくづく思うのは、亡くなった人々のおかげで今日があるということです。ここ数年、フィリピンを中心に戦没者の遺骨収集の取材をしてきましたが、日本へと遺骨を持ってきたものの、そうした人々を祀る国立の墓地というものが無いのが現状です。日本の国のために本人の意思にかかわらず、日本という国家の名のもとに徴兵して送り込んだわけですから、国として弔うのが当然だと思います。今のままの状態はおかしいわけで、国として議論しなければならない問題なのではないでしょうか。戦後そうした議論をしっかりと行ってこなかったから、靖国問題で未だに中国やら韓国にがやがや言われるわけです。また8月15日がやって来ますが、現首相は靖国神社に行かないと公言してます。果たしてどのように亡くなった方々を弔うのでしょうか。

|

2010年8月 3日 (火)

春の大会に続き、秋の大会も一回戦を突破しました。草野球の大会です。ここからが正念場です。ただ気になったのは、試合後のビデオに写っていた己の締まりの無い体。贅肉がつき、見っとも無い限り。ちょっと絞らないといけないですね。

|

« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »