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2010年2月

2010年2月27日 (土)

久しぶりに原チャリに乗って、動きました。郊外の農園では番犬に追いかけられ、二度も危うく噛みつかれるところでした。こちらの犬は元気でバイクにアタックしてきました。警備員のオヤジが、狂犬病を持っているから気をつけろと、忠告してくれましたが、そんなことを言われても、対策は何もなく、ただ止まらず走り続けるだけです。道も火山灰で滑りやすいので、転倒しそうになったりと、久しぶりに恐怖心を覚えました。昨日は昨日で、警察に捕まり、日本の免許を見せましたが、もちろんダメ。むこうの欲しいものはわかっているので、パトーカーの脇ですぐに交渉成立。こんな感じでドタバタ取材を続けています。

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2010年2月25日 (木)

フィリピンに入りました。日本からずっと寝不足が続いたのですが、やっと昨日6時間ほど眠れました。まぁいつものことですが、こちらではメインの取材のほかに何本かこなさないといけないので、何気に忙しいです。今回はルソン島の中をぐるぐる回ることになりそうです。今日は洗濯にゲラのチェックなどをしていたら、昼をとっくに過ぎてしまいました。これからマックでビックマックを食べて取材に出ます。

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2010年2月23日 (火)

出発前日も最近、ミスターバンコクから改名したミスターフィリピン氏、梁瀬副編と三人で竹ノ塚行脚などをしていたこともあり、バンコク行きの機内では爆睡。おかげで、締め切りを過ぎている原稿に手をつけることができず、早朝からワタナベレストランで原稿書き、何とかデッドラインに間に合わせることができた。大きな問題も無く、無事入稿と相成りひと安心。そんなわけで、たたいまバンコク時間午後十時半、ひとりワタナベレストランでメシを食べています。思えば、このレストランには様々な思い出があります。奇しくも今座っている席では、ひとりの不審者の失恋物語を目撃したりと、ろくでもないことばかりですが、この宿にはバンコクに来る限り滞在し続けるでしょうね。そういえば、昼間Gダイオフィスにちょこっと顔を出したら、げっそり痩せ不審な病気を発病したのではと思われるM編集になんでバンコクにいるんですかと聞かれました。今回はバンコクまでマイレージのチケットがあって、ここからマニラ行きのチケットを買った方がだいぶお得なんです。他意はありそうでないですよ。お互い叩けば真っ黒なホコリしかでないのだから、詮索はやめましょう。

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2010年2月22日 (月)

バンコクに入りました。ホテルは定宿のワタナベです。出発当日の三十分前に荷造りを終えて、いつもながらの慌ただしい出発です。バンコクでは、いくつか打ち合わせをしたあと、フィリピンに向かいます。今回はネパールからはじまったテーマの最終目的地です。現地入り前からどきどきワクワクしています。ドタバタしても仕方なく、あとは泰然としていたいものですが、我未だ木鶏に至らずということで、修業は続きます。大島タクシーで出発し、8年前にネパールでうまく取材できた時のブーツを履いて、ワタナベマンションに泊まり、担げるだけの験は担いだので、あとは頑張るだけです。

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2010年2月20日 (土)

昨日は久しぶりに中園ボス、早坂と休憩中の大島キャッチャーも聴き舎に現れ野球談議、その後は企画や歴史の話などなど。取材旅行を前に有意義な時間でした。

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2010年2月19日 (金)

このところ弾丸ツアーで各地を取材しております。というのも週末からまた海外に出なければならないので、ちょっと慌ただしいです。何だかんだ10年ほど取材を続けているテーマのアジアにおける最後の大きな取材となりそうです。ちょっぴりホットな取材になりそうですが、持ち前の行き当たりばったり、運の強さで乗り切ろうと思っています。

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2010年2月15日 (月)

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コロンビアの首都、ボゴタの何てことのない街並の写真です。チリからの帰り久しぶりにボゴタを訪ねました。黄金町マリアの取材の時にいろいろと助けてくれたコロンビア人が昼食に招待してくれたので、その時に撮りました。黄金町マリアを渡すと、いい写真だねと喜んでくれたのですが、「あなたの家族は驚かなかった」との質問もあり、女性のヌードが含まれているので驚いたのでしょう。それともうひとつ笑いながら聞かれた質問もあったのですが、それは内緒ということで。またいつかコロンビアに行きたいですね。

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2010年2月12日 (金)

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チリにてある日の夕食。食堂は肉料理がメインなので、さすがに毎日食べていると飽きてきました。20代に比べ、旨い物を食べ舌が肥えてきているので、贅沢なことを言っております。年々、舌が肥えると同時に保守的になっていくので、時にはどんどん変わったものを食べて舌にスパーリングを課さないといけません。話は変わりますが、先日聴き舎球団事務所に中区野球大会のエントリー用紙が届きました。メンバー登録の際に職業を記入しなければならないのですが、会社のチームと違って我らがゴールデンタウンは、日雇い警備員から文豪、ジャーナリスト、編集者、会社社長、タクシー運転手、大手ゼネコン悪徳社員、大工、ユニバースのタレント、飲みや店主、トラック運転手、業界新聞記者などなど、日本社会の様々な階層の人間がメンバーとなっていて、こんな所がこのチームの魅力であります。建設現場ではゼネコン社員に使われている警備員が、グランドでは立場が逆転して、「こらーっ」なんておこっているわけです。そんなわけで、デコボコチーム初戦突破に向けて頑張ります。

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2010年2月 7日 (日)

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教会門前の物乞い、光りは聖も俗もすべて呑み込んでしまいます。ついつい僕もその雰囲気にのまれて、小銭を弾みすぎました。こうして何枚かチリの写真をアップしていますが、僕の中で一番撮りたかったシーンは、その時カメラを携帯していなくて撮り逃してしまいました。今でもその光景は頭にしっかりと残っています。

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2010年2月 6日 (土)

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何とか時差ぼけも治ったようで、ようやくいつものように動けるようになりました。今日は、横須賀で取材。太平洋戦争末期の知られざる特攻の話を伺いに行きました。僕はカメラマンとして大御所ライターに同行しただけですが、インタビューの間合いなど大いに参考になった次第です。たまに純粋に撮影者としてライターさんの取材に同行すると、その人の取材手法の良い所をこっそりと盗むことができるので、ライターさんに同行するのは好きなんです。最近はインタビューもこなすことが多いのですが、何とか曲がりなりにも聞き取りができているのは、フライデー時代から優秀な記者さんたちのやり方を横で眺めていたからなんです。さて、コメントとまったく関係の写真は、サンティアゴの夕方の写真です。午後7時ぐらいでしょうか。向こうは日が長くて、8時ぐらいでも明るかった記憶があります。季節は夏なので、日中の気温は30度を越えますが、乾燥しているので日本の夏よりは数段すごしやすいです。それにしても日本のこの寒さどうにかならないですかね。

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2010年2月 1日 (月)

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今回の取材旅行は、アメリカのロスからはじまりました。ロスといえば以前から興味のあったリトルトーキョーに泊まりました。そこの電柱に貼られていたのは、第442連隊の写真でした。第二次大戦中に日系人によって組織された同連隊は、主にヨーロッパ戦線でドイツ軍と戦ったことは知られています。アメリカへの忠誠を示すため、勇敢に戦い高い戦死率だったことも有名な話ですが、ここロスでその部隊の古い写真を目にした時、感慨深いものがありました。リトルトキョーも以前に比べ規模も縮小しているようですが、多くの人々の思いや犠牲があったうえで今日の姿があるわけですね。

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南米取材を終えて、無事帰国しました。現地でお世話になった皆さんありがとうございました。せっかくなので、南米及びアメリカで撮った写真を今回の旅の足取りを辿る形でちょこちょことアップしていこうと思います。楽しみにして下さい。

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