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2009年4月

2009年4月26日 (日)

インドに入りました。数日デリーに滞在して、それから移動です。幸いにもチベット人が多くいるエリアにいるので、毎日インドのカレーを食わずに済んでいます。暑さはバンコクと同じぐらいでしょうか、ただこちらのが乾燥しているので、すごし易い気がします。とあるブログで、大盛りカレーを食べている僕の姿がアップされていました。高校生や大学生なら、いいですがさすがに不惑まであと数年というところで、ちょっと見苦しい姿です。

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2009年4月25日 (土)

昼のココイチカレーから始まり、深夜のトルコライスとちゃんぽんまで脂っこいものを食べ続けた一日だった。一休和尚といるとついつい食べ過ぎてしまう。和尚はその後さらにウエンディーズバーガーを三つとポテトを持ち帰ったのだから恐れ入る。ポテトは汚いベッドに入りながら食べるのだという。それにしても昨日は食い過ぎ、そして散財した日だった。今日はこれから空港に向かい、インドに入ります。忘れずにVATを返してもらわないと。

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2009年4月24日 (金)

スマップの草薙君が捕まって日本で大騒動みたいですね。まぁ許してやれよというのが、率直な気持ちです。僕の場合は全裸になったことはないですが、東京に住んでいた20代の頃、深夜の大騒ぎで警察を呼ばれたことは良くありました。心の中に鬱屈したものがあると、夜中になると叫びたくなるものです。今はストレスをうまくコントロールできているので、あまりハメを外すことはなくなりましたが、世の中の男も女も草薙君のような衝動は誰でもあるでしょう。それにしても芸能人て、大変な商売だな。お約束の謝罪会見して、ちゃっちゃっと復帰してください。深夜、バンコクに無事到着し、定宿の渡辺マンションにチェックイン。従業員の渡辺良美さんも元気で何より。一階食堂で、深夜ラーメンをすすり、その後爆睡。今日はいつもお世話になっているGダイアリーのスタッフの方々と会って、明日デリーに着きます。

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2009年4月23日 (木)

今日から一ヶ月の予定で、インドに行ってきます。久しぶりのインドなので、色々と見たいものがあります。昨日も深夜まで梁瀬君と仕事のことや写真のこと、そして猪木のことなど諸々語り合ったので、ちょっと寝不足気味です。良い写真が撮れるように頑張ります。

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2009年4月22日 (水)

ここ数日、どたばたとした日々です。おとといの晩にミスターバンコク氏と黄金町で会合をして、そのまま睡眠も取らず、一緒に成田へ行き世界的に有名な僧侶を撮影。久しぶりに心から頭を垂れる。ミスターも同く頭を下げていたようなので、二人が揃って頭を下げているシーンは、中学生が先生に怒られているみたいで、滑稽だっただろうな。その後横浜に戻り、マスターと合流し文豪が逗留している箱根の和風旅館に乱入。そのまま宿泊。食事と風呂を満喫。招待してくれた文豪に感謝。

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2009年4月19日 (日)

昼過ぎから代々木公園に足を運び、チベット人の友人と合流。この日は世界アースデーのイベントが行われていて、人でごったがえしていた。友人も店を出していて、ひっきりなしに客が訪れ繁盛していた。夕方から四谷にあるラオス人経営のアジア料理屋に移動し、インド取材のアドバイスをもらう。インドは学生時代以来、約15年ぶりなので楽しみ。ネパール語とヒンディー語は語彙は同じものが多く、接尾語の変化さえ覚えれば、何とかなりそうなので、今回を機にしっかりと覚えて来ようかなと思っています。ただ取材対象がチベット人だから、あんまりヒンディー語を使う事もなさそうですが。

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2009年4月18日 (土)

原チャリで走るのも心地よい今日この頃、昼過ぎからちょんの間で読書、いつのまにかうたた寝。夕方店の準備に来たマスターとつけ麺。それから、有隣堂、ブックオフ、田辺書店を回って、インドに持っていく本を探す。一ヶ月ほどの滞在になるので、文庫本を中心に十冊ほど持って行こうかと思っている。帰宅後、ナイターを見たいと思ったが、生憎放送はされておらず。それにしてもイチローはすごいな。

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2009年4月17日 (金)

久しぶりに黄金町、ちょんの間にてひと時の読書。その後田村マスターと雑談。今日のマスターの名言。
「もっとイタリアンでいった方がいいと思うんですよ」。どんな意味だかまったくわからないと思うんですが、ご想像におまかせします。その後、日笠副編と打ち合わせ。広島焼きを食べて、ブックオフをまわり、黄金町界隈の桜並木を歩いていたら、老娼婦になぜかすごい形相で睨まれる。久しぶりに背筋が凍った。聴き舎にカンバックしようと思ったが、対岸から店内を眺めると、混んでいるようなので、そのまま帰宅。

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2009年4月14日 (火)

何だか疲れがとれない。ロングドライブの疲れかな。原稿の締め切りが今日なのだが、原稿のイメージトレーニングなどと自分に言い訳をしてDVDで映画などを見てだらだらとすごす。今日は原稿を早く終わらせて、横須賀に行こうと思っていたが、それも叶わず。最近、トレンチコートが欲しいなと思い、いろいろと物色しているのだが、トレンチコートといえば戦場がルーツであるので、米軍の放出物に良い物はないかなと思い、横須賀に行きたかった次第。早く原稿書かなきゃ。

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2009年4月13日 (月)

取材は何とかうまくいき、深夜居眠り運転状態で、横浜へと帰ってきました。今回は福井と金沢を中心にまわりましたが、北陸の良さを再認識させられました。簡単に言ってしまえば、何もかもが中庸といったところでしょうか。そこに古き良き日本を見たような気がします。取材終了後、どさくさまぎれで能登半島を突っ走り、訪れた輪島で見た輪島塗、独特の色合いに感動しました。湯のみを買おうかと思いましたが、慢性金欠病のため手が出ず、1500円の箸で我慢しました。そういえば、バンコクへと謎の旅に出ているHIS銀座釜井、明日早朝の飛行機で帰国し、そのまま汗まみれの異臭を放ちながら出社すると言っていたが、暴動騒ぎのため帰国が危ぶまれている。このまま帰って来ないでバンコクに住め。

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2009年4月10日 (金)

昼過ぎから、新宿に出てチベット亡命政府へ行きラクパ代表を2時間程取材。チベットの取材は色々と考えさせられることが多い。日本人にとって精神的にも物理的にも遠いチベットであるけれど、実はチベットの現状を知ることはとても大事なこと、中国と今後ますます関わりが深くなることは間違いない日本、チベットという鏡から見えることは示唆に富んでいる。代表の取材後インド大使館でビザを受け取り、丸の内界隈をぶらついてから帰宅。深夜、近所のファミレスで中山副編と密談。夜中のファミレスは人も少なく、話をするには調度良い。明日から、福井と石川を取材の予定。日曜日には戻る予定

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2009年4月 9日 (木)

夕方蒲田にて日笠副編と打ち合わせをしたあと、坂本兄やんが発起人となってジャーナリストの大塚将司さんを囲み飲み会。元日本経済新聞の花形記者で数々のスクープをものにしてきた大塚さん。今後仕事を続けていくうえで、貴重な言葉をいただいた。小手先の技術ではなく、どの分野で仕事をしていくにしてもとても大事な本質的な話は、心に響きました。以前からずっと気になっていたことではあったのだけど、これはもがきながら考え続けるしかないでしょう。それが見えたり、ものになったら、ダルマに目を入れられます。

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2009年4月 8日 (水)

昼前から、早坂文豪、田村聴き舎と東京へ。築地、銀座、新宿を無駄なトークを続けながら回る。銀座ではGT-Rショールムで田村さんが販売員の女性にひと目惚れ。新宿では久々のパパス、最後はアントニオ猪木酒場へ。飾られていた写真と当時の試合映像に釘付け。ただ田村さんは当時の猪木をほとんど知らず、ただのダーッと叫んでいるおっさんというイメージしかない。僕と文豪の猪木話や試合の映像に付き合わされ迷惑顔。それにしてもやっぱ1980年代前半のアントニオ猪木はいいな。今でも心のどこかでアントニオ猪木が世界一強かったと思っています。

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2009年4月 5日 (日)

HIS銀座の釜井、ミスターバンコク氏の三人で宇都宮へ。この三人での北関東珍道中は荒川沖以来か。宇都宮はだいぶ街の様相が変わって、びっくり。ひとり感慨にふける。餃子を食べて、夜間の散歩。明け方帰宅。さすがに疲れた。

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2009年4月 4日 (土)

伊勢佐木町で打ち合わせのあと、ミリオン出版の中山さんと中華屋へ。昔は悪かっただろう大将と美人ママのデコボコカップルが経営している店で、餃子やシュウマイが旨い。僕の中の勝手に中華屋大賞一位に輝いている店でもある。中山さんも大満足のようで、二人で盛り盛り食べる。帰りがてら、大岡川を通ると、桜も満開で花見客で賑わっていた。

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2009年4月 1日 (水)

筋肉痛が治らない。あんな短いダッシュだけだったのに。足に痛みを感じながら、文豪と聴き舎で知り合ったエビちゃんのバーへ。生ピアノの素晴らしい演奏あり、照明も落ち着いて、良いバーでした。南太田駅近く平戸桜木町道路沿いにあるピアノと言うバーです。今度店の大スクリーンで桃電大会を開くことになりこれも楽しみ。

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