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2008年3月

2008年3月30日 (日)

勝手にニイハオ 第三回

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福建省の福州駅、別れを惜しむカップルをパチリ。日本に帰って来ましたが、まだまだ続けますよ。

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帰国

27日にフェリーで大阪南港について、三重県の山奥でのんびりとすごし、今日横浜に戻ってきました。
14年ぶりのフェリーは、楽しかったです。若いバックパッカーや気功の達人などに出会い、あっという間に大阪についてしましました。今週からドタバタとしそうです。

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2008年3月24日 (月)

勝手にニイハオ 第二回

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上海一の目抜き通り南京路。前方から仙人のような格好をした物乞いが、杖をつきながら時速百メートルぐらいのものすごいゆっくりとした足取りでやって来た。その姿にすかさずカメラを向けた。何枚かシャッターを切ると、突然仙人が顔を上げ、まるで吉本新喜劇の間寛平のように杖を振り回しながら、僕の方へものすごいスピードで走ってきた。身の危険を感じた僕は慌てて逃げ出す。人通りの多い南京路で仙人と追いかけっこ。危うく杖で引っぱたかれそうになった。だけど、あのとてつもなくゆっくりとした足取りは、金を恵んでもらうための演技だったのか。仙人天晴である。カメラGRデジタルⅡ


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明日フェリーに乗って、日本に帰ります。27日に大阪に着いて、2日ほど関西に滞在して横浜に戻ろうかと。まだまだやり残したことはあるが、一度日本に帰ってリフレッシュしたい。今頃になってフェリーのチケットを雑魚寝部屋にしたことをちょっと後悔。もうちょっと金を払って一等にしておけばよかった。明日は、カップラーメンを買い込んでフェリーに乗り込みます。今日、友人ミスター氏のブログをのぞいたら、某国でいきいきしている様子がありありと伝わってきた。某国滞在中のミスターと邪悪な仲間たちは楽しそうでいいな。時間があれば、上海から飛んでいきたいところ。今回は静かに帰国します。

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2008年3月23日 (日)

朝から豫園に行って、骨董屋を巡り毛沢東関連の資料探し、なかなかおもしろいものが手に入った。一年前にも豫園の骨董屋を巡ったのだが、店の主人たちが僕のことを覚えていた。たかが数十元の買い物しかしていないのに、さすが抜け目のない上海人である。その後、フェリーのチケットを購入。畳の雑魚寝部屋を選ぶ。長江の写真も撮りたかったし、嫌いな飛行機に乗らずにすむのが何より嬉しい。大阪南港に着くので、大阪周辺に何日か滞在して帰ろうかと思う。夕食は、昨日食べてうまかった鳥の鍋を再び。鍋物だけあって、複数の人数向けの量が出てくる。一人で食べているのは、僕だけ。店のおばちゃんが、また一人で来たよとひそひそ話していた。田舎だったら、異国人に興味しんしんでいろいろと話かけてくるのだが、上海ではなかなかそういうことも少ない。さすがに毎日こってりした中華料理ばかり食べているので、そろそろ日本食が恋しくなってきた。

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2008年3月22日 (土)

中国街角スナップ 勝手にニイハオ

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しばらく、中国国内で取材の合間に撮影したスナップ写真を、掲載していきます。第一回は徐州の街角で撮影した兄ちゃんです。我が写真の師である北のアニキを思わせる風貌をしていたので、思わずパチリ。最初は写真は駄目だと言われたのですが、日本人だよと言ったら、なぜか撮らせてくれました。
カメラGRデジタルⅡ


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上海

杭州を経て上海へとやって来ました。杭州での取材は何とかうまくいきました。これから北京に行って、嫌いな飛行機で帰るか、それとも上海から大阪行きのフェリーに乗って、帰るか思案いているところ。飛行機のチケットは持っているのですが、10数年ぶりにフェリーに乗りたいなという気もあるので、フェリーで帰る方向に傾いております。それにしても上海は賑やかな街だ。ただ単に賑やかというだけでなく、裏通りに入ると昔ながらの安い食堂もあるので、居心地が良い。上海では、こちらでしか手に入らない資料を買うことが目的。それにしても、一ヶ月でいろいろと動いたので、さすがにグロッキー気味。日本に帰ったら、どっかのんびり旅をしたいな。

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2008年3月18日 (火)

今日は午前中に取材が終わったので、午後ホテルから3kmほど離れた場所にあるワニが見られる公園へ。行き帰りとタクシーを利用したのが、帰りにハプニング発生。目的地について料金を払ったら、おつりが帰ってこない。運転手がいきなり料金を上乗せしてきたのだった。このまま引き下がれば10元(150円)よけいに払ったことになる。大した額ではないから、黙って降りても良かったのだが、ついついバックパッカー魂が目を覚まし、言い合いとなる。おつりを出すまで、降りないつもりで座り続けていたら、らちがあかないと思ったのか、何やら言って運転手がいきなり車を走らせた。向かった先は、あまりお世話になりたくない公安警察署であった。取材で中国を訪れていなければ、徹底的にやり合うところだが、今回ばかりは下手にもめると、厄介なことになる。公安のオフィスで、応対に出て来た警官は、運転手の訴えを聞いて、一瞬呆れた顔をしていたが、職務上いろいろと尋問をしてきた。観光地などない田舎町に日本人がいるのは、不審ではある。僕は、ワニを見に来たと言い張り、何とか納得してもらった。それにしてもワニ公園があって良かった。長居はしたくなかったので、おつりはいらないと言って、公安を後にした、運転手にもアタマにきたが、それにしてもあまりにレベルの低いお粗末な争いに情けなくなる。明日は、早々に宣城を出て、杭州に向かおうと思う。

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2008年3月17日 (月)

昼前に、福建省からの夜行列車で安徽省へとやって来ました。宣城という町にいます。福建省では、取材もうまくいき、食い物もうまかったので、去るのは後ろ髪をひかれる思いでした。蛇頭の本拠地だけに、とんでもない田舎町で、日本帰りの女性に出会ったりして驚きでした。彼女は貨物船で日本へ密航したそうです。そういえば、二日前の夜中に担当編集の梁瀬君から、いきなり携帯メールが届き、チベットで暴動が起きていると知らされました。ウイグルもこれからきな臭くなってくるでしょうし、まだまだどうなるかわかりませんね。チベット暴動の影響か、福建省の州都である福州の駅でも、公安が乗客ひとりひとりの身分証をチェックしていました。ここ宣城には、数日滞在する予定です。昼と夜に入った食堂があまりうまくなく、海の幸が豊富だった福建省がますます恋しくなってきました。

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2008年3月12日 (水)

徐州

何だかんだで、早朝ご丁寧な見送りを受け、河南省を出てただいま徐州へ。河南省から急いで出ることになり、さてどこに行こうかと考えながら地図を眺め、目に入ってきたのが徐州だった。徐州は、亡くなった祖父が日中戦争時、駐屯していた街で、祖父の昔話に良く出てきた街。そんなわけで僕にとって徐州とはどんな街なのかという思いが以前からありました。まだ学生だった頃、一度徐州を電車で通過した時があったけど、街に滞在するのは今回が初めて。徐州に着き、ホテルに荷物を置いて、街の中を散歩していたら、川幅が30mぐらいの一本の川が流れていました。看板には古黄河と書いてあった。古黄河とは黄河が幾度も流れを変え、大昔は徐州のあたりを流れていた名残りだという。橋の欄干から川の流れを眺めていたら、おそらく祖父もこの流れを眺めていたのだろうと思い、柄にもなくぐっときてしまいました。祖父は明日をも知れぬ戦場に身を置きながら、遠く故郷を思っていたことだろう。僕は、好きな仕事をしながら、60年以上の時を経て、同じ場所に立っている。あたり前のことですが、祖父が無事に帰って来なければ、僕はこの場所に立つこともなかった。祖父が亡くなってから、ほとんど墓参りにも行ってませんが、心の中で故人に思いを馳せることが、大事なのだと勝手に思っています。さて、明日から大きく南下して、福建省に向かおうかと思っています。早朝のバスで徐州を出て、到着は翌日です。丸一日バスの中です。

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ちょっぴり困った事態に遭遇。詳細は様子を見て報告しますが、それにしても、中国での行動は、慎重の上に慎重さが求められますね。今日実感いたしました。ある程度覚悟はしていたけれど、それにしても悔しいな。そんなわけで、河南省を出て違う省に移動しようと思っていますが、まだどうなるかわかりません。こうやって、ブログをアップすることができるぐらいだから、大事ではないので、ご心配なく。

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2008年3月10日 (月)

昨日は、またも朝食バイキングを寝過ごし、近くでイスラム教徒がやっているラーメン屋で焼きそばの朝食。その後、取材で村をまわる。結果が芳しくなく、昼過ぎにはホテルに戻り休養。昼食はホイコーローを食べるが、先日食べたものと味ががらっと変わっていて、うまくない。ちょっとがっくり。夕方、ホテルの大浴場へ行き、サウナに入り、部屋へ戻ったら、そのまま寝てしまった。おかげで今朝早く目覚めることができたので、これから朝食バイキングへ行く。今、バイキングを食べて戻ってきました。味は可も無く不可も無く。さて、これから荷物をまとめて、40km程離れた次の町へ移動。それにしても日に日に暖かくなってきて、冬物の服が邪魔になってきた。捨てるわけにもいかず。困ったものだ。

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2008年3月 8日 (土)

9時過ぎに目が覚め、ホテルのバイキングに向かったら、時間が過ぎていると言われ、仕方ないのでホテル近くの水餃子屋へ行く。水餃子とゆで卵2個の朝食。昼飯は昨日ホイコーローがうまかった食堂へ行き、ジャージャー麺を注文。中国にいながら日本と変わらない食生活。昼食後、街の中を2時間ほど散歩する。その後ホテルに戻り、昼寝。夕食はジャージャー麺を食べた名忘れ食堂へ。新たな料理に挑戦しようと、鳥の炒めものを頼むが、今一。ホイコーローにしておけばと後悔する。明日の晩はホイコーローにする。部屋でデジカメ撮影分の整理をして、明日からの取材に備える。今泊まっているホテルは、今まで泊まった宿の中で従業員の愛想が一番良い。無愛想な従業員が多い中国の宿で、愛想が良いと逆に戸惑う。日本では、三浦和義さんが捕まった件で、大騒ぎのようだ。何度か取材で一緒になったことがあったが、銃撃事件では無罪が確定していただけに、本人も驚きとしか言いようがないだろう。青天の霹靂とは正にこのことか。これから、大浴場にいってひとっ風呂浴びて寝ます。

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2008年3月 7日 (金)

河南省

昨日で、山東省の取材を切り上げ、今日河南省へ。山東省では思った事の8割はできたから、良しとしよう。今日、明日は休養。これから少なくとも4箇所は取材しなければいけない場所があるので、休むことにした。行く場所、行く場所が田舎町なので、通訳を雇いたくても雇えず、筆談と片言の中国語で取材を続けている。中国語は全然上達せず、ただ相変わらず中国人に間違われる事が多い。「日本人だ、日本人だ」と言っているのに通じず、相手が少数民族か聞いてきたので、面倒くさいからそうだと言ったら、納得していた。地方の中国人にとって日本は遠い存在だ。都市部では日本の吉野野があったりして、日本は少しずつ近くなっている。日本人に対するイメージ一つとっても、中国という国は、一つのようで、一つではない。今は経済の調子がいいから、何とかまとまっているけど、これで経済がおかしくなってきたら、ちょっとやばくなるだろうな。

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2008年3月 3日 (月)

石家荘

今日で何とか石家荘での取材に目処がつき、明日からまた山東省の田舎町へと移動。今回4日ほど石家荘にいたが、北京に比べたら物価は安いし、人もあまりぎすぎすしていないので、僕には大変居心地が良かった。もう少し時間があればのんびりしたいところだ。早寝早起きで、日本での日常と比べたら修行僧のような生活を送っております。たたいまこちらの時間で夜の10時ですが、もう眠いです。明日は早朝からバスに乗って移動なので、早めに寝ようと思います。それではおやすみなさい。

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