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2008年2月

2008年2月29日 (金)

昨日までで、北京の取材は終えて、これから今年に入って日本で一番名前が報道されたであろう土地へ。ネットで情報を仕入れていたら、中国のネット界が大騒動になっている。ちょっと慎重にやらないといけない。ただ腰が引けてもいけないので、その辺の駆け引きが肝心。こちらは日に日に暖かくなってきたので、すごすのは楽になってきたけれど、まだまだ取材が残っているので、じっくりと焦らずやっていこうと思う。それにしても、今回はちょっと長期戦になりそうな気配だ。3ヶ月のビザを取っておいてよかった。

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2008年2月27日 (水)

昨日、北京に戻りました。地方での取材は、何とかうまくいったので、ひと安心といったところ。宿が無い村だったので、はじめて中国人の家に泊めてもらった。彼らの素朴な生活の一端が垣間見えたので、面白かった。ただ北京より寒い村の中を、バイクに取り付けられた荷台に乗って移動していたので、たいへん寒くそれが辛かった。数日、北京で取材をして、徐々に南下し、さらに農村巡りをしていく予定。残りの取材もうまくいけばいいな。

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2008年2月22日 (金)

北京その2

昨日は、通訳のJさん宅に招待されて夕食。あっさりとした中国東北地方の料理を堪能する。特に鯉の煮付けがうまかった。家に招かれて、しばらく時間が経ってから、Jさんのお母さんに日本語うまいねと、言われる。よく中国人に間違われるのだが、中国人の感覚の問題か、それとも僕が中国人の雰囲気を醸し出しているのか。どちらにしろ、日本人も中国人もあまり変わらないということだ。今日から2、3日、北京を離れて田舎へ。日本人なんて、ほとんど来ない場所だから、どんなことになるのやら。

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2008年2月21日 (木)

北京

ちょこまかと忙しく、ブログの更新ができませんでしたが、北京にて元気で取材しています。ただこちらの寒さにはまいっております。寒いところが苦手なので、さっさと南に行きたいところですが、まだまだ寒いところでの取材が山積みというか、華北での取材がほとんどなので、南に行く用がありません。北京は都会なので、なんだかんだとお金を使ってしまいます。それなので、節約のため北京でも安い食堂でばかりで食べているので、日本人だと思われないのか、モンゴル人かと聞かれました。日本人が珍しいのか、食堂の料理人たちが、入れ替わり立ち替わりラーメンを食べる僕を眺めに来ました。そんなわけで、毎日ラーメンを食べてがんばっています。

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2008年2月18日 (月)

いよいよ、今日は中国へ。まずは北京から取材のスタート。4月初旬には帰ってこようかと思っています。昨晩は、ミリオン出版の梁瀬、宮市の両氏と打ち合わせ。行きつけのスポーツバーで、ついつい熱くなり、いろいろと話していたら、12時を回ってしまったので帰宅。じゃあ行ってきます。

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2008年2月17日 (日)

昨日は、翻訳家の内海さんと打ち合わせ、中国取材の翻訳済みの資料を受け取る。今回内海さんには、翻訳だけでなく、中国の取材対象者に電話してもらったりと、大変お世話になった。あとは、取材がうまくいけばいいな。そういえば、ソウルの南大門が焼け落ちた。ソウルには行ったことがあったが、南大門を訪れたことがあったんだかなかったか、はっきり思い出せないでいた。今日ふと思い出した。99年の冬、深川の巨匠が元気溌剌で世界中を歩いていた時、韓国を歩くというので、100キロぐらい一緒に歩いて、写真を撮ったことがあった。当時巨匠が連載していたメンズウォーカーにその時の勇姿が載っているはずである。その時の出発点が南大門だった。早朝見た南大門は、凛とした美しさがあった。そして巨匠も若々しかった。南大門は焼け落ちて、巨匠も僕も年ばかり取って行く。

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2008年2月16日 (土)

金曜日は、夕方から番長と企画の打ち合わせ、パッションですパッションと説明をする。番長の困った顔が印象的だった。その後、田村さん、山岸さんといい雰囲気の韓国料理屋で、黄金町に関する打ち合わせ。帰宅後、深川の巨匠と深夜の長電話。近況を語り合う。

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2008年2月15日 (金)

木曜日は、関内で古巣フライデーの山崎さんと仕事の話及び野球談義。80年代のプロ野球話で盛り上がる。FA制など無かった当時は、各球団に顔となるスターがいたものだ。広島には、山本浩二や衣笠、中日は宇野、モッカ、大島、平野、大洋には遠藤、平松、斉藤、田代、豊、ヒゲ屋敷、先日亡くなった博一、そして元祖ツルピカプリンス、巨人には松本、江川、西本、中畑、原のスバルなどなど、何だか懐かしい。山崎さんから草野球の誘いも受け、喜んで承諾。文豪にも参加してもらおうと思う。野球早くやりたいな。その前に少し運動しておかないと、アキレス腱を切ったり、肩を脱臼するなどの大けがをしそうだ。帰宅後、写真の整理。来週の中国行きに向けて、慌ただしくなってきた。

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2008年2月14日 (木)

昨日は、大磯に引っ越した文豪邸にお邪魔する。東海道線大磯駅近くの文豪邸は、今まで見たことのない立派な家だった。築60年以上の建物は文化財級である。夕方、黄金町界隈に移動し、田村さんも合流し、今後の行動計画を打ち合わせ。何だか、楽しいことができそうだ。

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2008年2月12日 (火)

月曜日は、都内で取材。その後、久しぶりに上原と大久保の焼き肉屋へ、ブッチャーコンビでサムギョプサルをもりもりと食べた。G街パパスへ移動し、ファイナルカウントダウン中のハゲ煩も合流。最近、降圧剤を飲むのも止め、使っている薬はリアップだけと、ますます無頼に拍車が掛かっている。仕事に関してもまったくやる気がなく、先週頼んでいた北京行きのチケットのことを確認すると、すっかり忘れていて、キャンセル寸前だった。上原がホテルの予約を頼もうとしたら、ネットで予約した方が安いよと、まったく売る気がない。某出版社で社員旅行の話があることを伝えると、大人数の予約は面倒なんだよねと、これまたやる気なし。オフィスで入社以来、10年連続ノルマ未達成の面目躍如である。この調子で頑張れハゲ煩。

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2008年2月10日 (日)

昨日は、奥多摩方面へ取材に出る予定だったのだが、悪天候で中止。夜、河北省でのギョウザ騒動の取材を終えて帰国したK兄から、中国に関する情報を教えてもらう。その後、二人で夜回りパトロール。「スパークしないと駄目ですよ」と叱咤される。今日は、翻訳家の内海さんと会い、中国取材で使う資料の翻訳を依頼する。格安で受けていただき助かった。その後、ヨドバシカメラに寄り、カメラを物色。先日リコーGRデジタルを買ったのだが、優等生すぎておもしろくない。そこで目をつけたのは、おもちゃのようなミノックスライカとHOLGA。ミノックスライカは4万近くするので却下。ただ、ミノックスライカは、どうみても写真が撮れるように見えないので、意外と重宝するかもしれない。金ができたら買おう。もう一方のHOLGAは接写もできるので、中国取材で骨董品を撮影する時にいいかもしれないと思い、迷わず購入。ものは試しである。

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2008年2月 8日 (金)

昨日は、年に一度の恒例行事である写真家伊藤健司さんの家での闇鍋大会。参加者は僕と、Mrバンコク氏。スーパーで買い出しをして、伊藤さんの家へ。昨年は廃寺のようなあばら家だった伊藤さんの家が見事にリフォームされていた。ただ、雪山なみの寒さは相変わらず。南国暮らしの長かったMrバンコク氏は昨年の闇鍋大会のあと、あまりの寒さに血行障害をおこしたうえ、たちの悪い風邪をひき一週間ほど寝込んだ。それなので、今年はまるでスキーに行くような格好で現れた。三人とも、元々はアジアを旅していたバックパッカーなので、旅の話で盛り上がる。闇鍋大会は朝方四時に終了。伊藤さんが布団を用意してくれていたが、それが湿ったセンベイ布団のため、寒さをしのげず。Mrバンコク氏は、今年もグロッキー状態。昼過ぎに伊藤さんの家を出て、二人でラーメンを食べ、体を暖めてから帰宅。

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2008年2月 7日 (木)

昨日は夕方から、ミリオン出版へ。今年になってはじめての編集部へ顔を出す。通いなれた編集部は、大学時代の部室のようで、妙に落ち着く。中園編集長、梁瀬副編と中国に関する打ち合わせ。おもしろい企画なので、すでに僕と中園さんは興奮気味。落ち着いているのは梁瀬君だけか。その後、近くの中華屋へ移動。名知らずの俳優似の宮市君とこの日が三十才だというキス魔犬タンも合流。以前も連れていってもらった店で、味は抜群。以前物議をかもした空っ風番長の文豪が真木蔵人に似ているとのゴマスリ発言。犬タンのヒゲだけ似てますねという発言で、皆の意見が一致する。その後、ライター小野登志朗さんが経営するバーに移動するため,神田の交差点でタクシーを待っていると、どこからともなく「どこ行くの?」という野太い声が聞こえて来た。先日テレビで見た銀座の白タクがここ神田にも出没しているのかと思い、そっぽを向いていると、「あっ、どうも」と中園さんたちと楽しく話している。よく見ると大御所の日名子暁氏であった。ここで打ち合わせがるという犬タンと別れ、日名子氏が合流し、小野さんの店バザールへ。落ち着いた雰囲気の店内に入ると、見慣れたブルージャンパー。ボサボサ頭だが、どこか清潔感を感じさせるようになったミリオン出版の福田君の姿があった。日名子氏とは、初めて同席したが、その元気なことに驚いた。場が盛り上がり、いつのまにか12時をまわり、小野さんも店を閉め、合流しG街パパスへ。各所で熱いトークが続いた。3時過ぎにパパスを出ると、酔っぱらい軍団を巻いて、梁瀬君いきつけのG街の名忘れの店へ移動し、改めて中国のことや諸々のことを話す。終電が走り出した頃、店を出るとゴールデン街の細い通りから、にぎやかな笑い声が響いてきた。「お前ら何やってるんだ」と話かけてきたのは大御所であった。酔っぱらい陽気な大御所の表情は、菩薩のようなオーラが出ていた。どうやら大御所は女性二人組に絡んでいるようだった。大御所を巻き、無事帰宅。

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2008年2月 4日 (月)

夕方から、黄金町で聴き舎の田村さんと夕食。今後、黄金町を拠点として、何か面白いことをやっていこうとで話がまとまる。今まで触れられることがなかった横浜を発信できれば、おもしろい。4月ぐらいから忙しくなりそうだ。何だかわくわくするな。

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2008年2月 3日 (日)

土曜日は、梅島アキラの紹介で、中国に精通しているライター兼翻訳家の内海さんから、中国取材の情報を得る。中国といえば中国パブかエステぐらいしか縁のなさそうな梅島、どこで内海さんと知り合ったのだろうか。梅島の人付き合いの広さに驚く。ただ、私が支払うことを知ってか、ここぞとばかり、生ビールと酎ハイをガブガブと飲む梅島。ストップという声が喉元で出るが、紹介してもらった手前、ぐっとこらえる。次回の取材に向けていい出会いであったので、梅島にはただ感謝。

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