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2008年1月

2008年1月31日 (木)

今日は、一日家にこもって原稿と読書、ときおり昼寝。目の前のことを片付けて、早く中国に行きたい。3ヶ月のビザも手配し終えたので、準備は整った。今回は、飛行機ではなくて、のんびりフェリーで行こうかと思っている。昨日から毒入りギョウザで世間を騒がしている中国。やっぱ、加工食品は危険だな。意外と、街の屋台で食べる方が、目の前で作っているから安全だったりする。だけど毒野菜がかなり出回っているみたいだから、僕もかなり毒野菜を食べているんだろうな。中国は食事がうまいから、何にも気にせず、食べ過ぎちゃうんだよな。次回は、ちょっと気をつけるか。

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2008年1月29日 (火)

夕方から、小学館S氏と夕食。近況などを話す。いつのまにか話題は、アントン話。一週間ほど前にはじめて見て、あまりに似ているので驚きを覚えたアントキの猪木。やはりS氏も今までの猪木の物まね芸人の中で、NO1との評価。かっては猪木信者だったので、ついつい熱くなってしまう。毎年1月4日の新日東京ドーム興行には欠かさず足を運んでいるS氏。年ごとに観客動員数が減っているドーム興行の行方とプロレス人気の凋落を憂いていた。帰宅後、メールを開くと、悪徳カメラマン大木金太郎の兄貴分、ごろつき編集者Mさんからメールが届いていた。これまた写真だけが貼付けてある。編集部で撮られたと思しき写真には、大木金太郎とブル中野のような女性レスラーがプロレスをしていた。おーい、ちゃんと仕事しなさい。それにしても楽しそうでいいな。

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2008年1月28日 (月)

土日は、家で原稿。今日は運動を兼ねて、関内に出てルノアールで原稿。その後、ブックオフをまわり、高校から大学にかけてよく聞いた歌手のCDを物色。中国取材が長くなりそうなので、パソコンに入れて、ホテルで聴こうかなと思っている。帰宅後、メールを開くとバンコク在住の悪徳カメラマン、大木金太郎から楽しげなメールが届く。何もメッセージがなく、ただ写真だけが貼付けてあった。おーい遊び過ぎだぞ。
 
お知らせ、ただいま発売中の「散歩の達人」にて黄金町の写真ルポが掲載されています。是非、ご覧ください。

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2008年1月26日 (土)

木曜日は、夕方から亜紀書房田中さんと、企画の打ち合わせ。その後、今年になってはじめて新宿に出て、Mrバンコク氏と密談。新たな企画を練る。バンコク氏の口から次から次へとアジアネタが出てくる。その後、ファイナルカウントダウン・ハゲ煩も合流し、G街パパスへ。ハゲ煩の荒れ狂っている日常生活に耳を傾ける。明け方、バンコク邸に宿泊。翌日は、バンコク邸から靖国神社にある偕行文庫に行き、ミリオン出版T君と資料収集。それから横浜に移動し、文豪、和田竹作君と再会。文豪の高校時代の同級生である竹作君とは十年ぶりか。練馬で、文豪、ハゲ煩と共同生活をしていた10年以上前、ポンコツバイクを乗り回していた竹作君も何ヶ月か一緒に住んだこともあり、懐かしきボケ面に一気に当時の思い出が蘇る。黄金町で田村さんも合流し、朝まで大盛り上がりで、久しぶりの再会を楽しんだ。今度、横浜で店を出す予定もあるという竹作君。3月1日に開店するそうなので楽しみだ。

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2008年1月24日 (木)

水曜日は、新泉社で一年前から進めている本の打ち合わせ。一年前から進めていると言っても、原稿を書くのが遅くて延び延びになっているだけなのだが。やっと一章分が書き上がったので、その感想など、諸々の話。編集部から居酒屋へ流れ、深夜に帰宅。今回の本で使う写真は、一回も発表していないものなので、やっと形になるので素直に嬉しい。

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2008年1月23日 (水)

昨日は、黄金町界隈のタイ料理屋にて、田村さん、山岸さん、浅井君と新年会。田村さんは黄金町で話聴き舎という店の店主、山岸さんは横浜界隈の事情通。横浜をテーマに話あう。今年も何か、横浜を舞台にして、おもしろいことができそう。何だかんだ話していたら、3時近くなってしまったので帰宅する。

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2008年1月22日 (火)

寒風の中、昨日は早朝から郡山へ。黄金劇場の踊り子エミリさんの地方公演の行程を写真におさめた。満員電車からはじまり、田園風景の中を走る新幹線。おもしろい絵が撮れた。午前中に撮影終了し、駅前の名忘れのラーメン屋へ。真っ黒な油がこびりついた天井、段ボールに書かれたメニュー、物置のような雰囲気の店だったが、うまかった。夕方帰宅するが、久しぶりの早起きで、こたつで熟睡。起きたら深夜。つけ放しだったパソコンを見ると、久しく会っていない大学時代の友人からメール。結婚式をドタキャンしたりして悪評が高まり、常識外れの僕と仲の良い大学時代の友達といえば、これまた常識外れのはぐれサラリーマンのハゲ煩と文豪ぐらい。テレビ出演した文豪の様子に驚き、文豪のブログ経由で、僕に辿りついたという。友人からしたら、大学のグランドでユニホームを着て野球をしていたり、川原で一緒に焚き火をしたあの文豪が、まさかテレビに出ているとは思わない。驚きだっだろう。ちなみに、番組は西川のりおさんとのトーク番組だという。来週の水曜日9時からBSデジタル11で再放送されるそうなので、必見である。

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2008年1月20日 (日)

午後、関内から桜木町周辺を撮影して、マイノリティーズコーヒーに入り、いつものコロンビアコーヒーを頼む。豆の味にこだわっているわけではないが、コロンビアで飲んだコーヒーがおいしかったので、ついついコロンビアばかり頼んでしまう。マイノリティーズコーヒーのような喫茶店が家のまわりにあればいいなといつも思う。その後、映画館J&Bへ行き、中国取材の資料をコピーしてもらう。コピー前に副支配人の浅井君と映画館の控え室でよもやま話。今年30歳になるから、もっと頑張りたいという浅井君。ついつい話を聞きながら、自分が30歳の時を思い返す。黄金町の撮影を始めたのが30歳の時、あれから6年近くが経ち、表現者として成長しているのかどうか、頑張らなければならないのは僕も同じ。それにしても、黄金町の取材を始めたのが、ついこの前のように感じる。それにしても年月が経つのが早いな。映画館についつい長居をしてしまった後で、黄金劇場に顔を出す。19時すぎに劇場を出て帰宅。

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2008年1月18日 (金)

17日は、黄金町にあるマイノリティーズコーヒー、話聴き屋、劇場に新年の挨拶に伺う。新年の挨拶にしては、ちょっと遅いか。劇場では、昨年末に発表した雑誌記事の感想を聞く。僕を前にして、駄目だとはいい辛いということもあるだろうが、かなりの好評を得た。二時間ほど劇場で撮影をして、図書館で中国の資料収集。今度取材するテーマは個人的にかなり面白いと思っているのだが、難易度も高い。資料を読めば、読むほど、ワクワク感と緊張感が交互に湧き上がってくる。まぁ準備を入念にするに越したことはない。それにしても、連日寒くて困るな。年末、年始は南国のフィリピンにいたこともあり、あの暖かさが懐かしい。家には、暖房器具と言えばコタツしかないので尚更だ。早く暖かくなんないかな。

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2008年1月17日 (木)

昨日は、午後から見せかけマイホームパパH氏と、高校時代からいきつけの喫茶店で打ち合わせ、今度こどもが産まれるんですけど、面倒くさいですよねというH氏の発言に驚く。その後、文豪と合流し、客のほとんどいないタイ料理屋で話し込む。深夜に帰宅し、小説執筆中で元気の無い深川の巨匠に激励の電話。まぁ僕も人を励ましている場合ではないのだが、何だかんだ長電話をして、近日中に新年会をしようということで、電話を切る。

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2008年1月16日 (水)

昨日は、午後からP社のKさんと打ち合わせ、こちらから打診した企画は通らず残念。原稿も一部読んでもらい、今後直していくべき点も見つかったので、前向きにいこうと思う。帰宅後、こちらは昨年から企画が通っている原稿にとりかかる。しばらくして、原稿に行き詰まったので、かって黄金町で働いていたコロンビア女性にメールを打ったら、時差があるにもかかわらず、すぐに返事が来た。しばしチャット状態で、近況を聞く。メールの内容は、日本に来ないのかとか、彼女が香港に行きたいから金を貸してくれだとか、まぁどうでもいい内容。とにかく元気そうで何より。だけど、メールって便利だなとつくづく思う。飛行機で行ったら、20時間はかかるコロンビアと少しのタイムラグで会話のようなものができてしまうのだから。だけど最後のアナログ世代だと思うので、時折手紙が懐かしく思ったりする。そんなこといいつつ、年賀状は書かないのだけど。

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2008年1月14日 (月)

昨日、今日と家にこもって中国取材の資料読み。多くの本や記事を読まなければいけないのだが、ついついテレビを見てしまう。深夜になって、やっと能率があがり連日床に入るのは明るくなってから。海外にいると、じっくりと本を読んだり、原稿を書く事ができるのだが、日本のテレビは面白いのでブラウン管から目が離せなくなってしまう。そのおかげで、すっかり夜型の生活になってしまった。今日も高校サッカーがあるし、テレビから離れることが難しそうだ。

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2008年1月11日 (金)

昨晩終電で我が家へとやって来たミリオン出版のT君と、熱海取材。夕方前には、満足に取材を終え、次の取材地へ向かうが、日が暮れたので断念し、伊豆半島をおっちゃん二人がドライブ。車中、ひとの悪口から様々な話で盛り上がりる。T君はまだ27歳なので、おっちゃん呼ばわりは失礼か。思えば、27歳といえば、僕が写真週刊誌フライデーにまぎれ込んだ年齢。その当時の僕と比べたら、ついつい大人びているので、おっちゃん呼ばわりしてしまった。そして伊豆といえば、フライデーに入る前、ネパール取材の取材費を稼ぐためアルバイトをした思い出の地。バイト期間を終えて、いざ当時暮らしていた東京のアパートへ戻る際、下宿先からコタツとテレビをもらったこともあった。その当時から比べれば、好きな写真で何とか仕事をしている今は、幸せだが、厳しいフリーの世界、またあの当時の生活に逆戻りということも常に考えられる。もっと頑張らなければと思う。昔を振り返りながら、伊豆山中をドライブし、三島で名物のうな丼を食べ、帰宅。

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木曜日は夕方から、上州のからっ風番長こと、Tさんに文豪と二人で呼び出される。お前のブログは誤字脱字だらけだと、番長らしからぬ細かい注意。番長にいくつか企画を提出。あとは番長プッシュで通してもらうのみ。帰り際には、文豪にお前真木蔵人に似てるなと、これまた番長らしからぬ70万部作家に対して、ゴマスリ発言。今年も元気な番長でありました。

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2008年1月 8日 (火)

昨日は、近所の本屋でプロレス雑誌を立ち読み。前号から2回にわたって掲載されているAブッチャーインタビューの後編を熟読。猪木もそうだが、ブッチャーほどのレスラーは再び出現するかどうか。テリーファンクの腕にフォークを突き刺したシーンは、未だに瞼に焼き付いている。どの業界にも言えるが、最近のレスラーは、軒並み小粒になってしまっている。プロレス中継を見ていても、楽しいはノアぐらい。80年代のプロレスは面白かった。今日は、中国取材の航空券を手配するために、ハゲ煩に電話をすると、新年早々、おめでたくない、死んだような声で電話に出た。聞けば、インフルエンザに感染、三日間寝込んでいるという。悪行のツケが溜まって、発病したようだ。電話口でもうつりそうなので、早々に電話を切る。

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2008年1月 7日 (月)

年明けから、本格的にマックを使い出した。この前みたいにすぐ壊れなければよいが。今年は、中国取材に集中したいと思うが、ネパールにも行きたい。昨年は、結局行くことができなかった。暫定的に、共和制への移行が決まったネパール。このままあの国王が素直に従うのかなという気もしている。もしかしたら何らかの混乱が起きるかもしれない。選挙前には行かなければと思う。

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2008年1月 4日 (金)

寒いですね。今日帰国しました。カメも無事冬眠中のようです。明日から、仕事がんばります。

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2008年1月 2日 (水)

新年明けましておめでとうございます

今年もよろしくお願いします。昨年の中国井岡山に続いて、海外での年越し。こちらは、どこもかしこも花火を打ち上げて、今まで経験したことのないうるささでした。日本の新年とは大違いです。マニラから車で一時間ほどの場所にあるHさん宅で、年越しソバをご馳走になり、アフリカで海外協力隊をしていたこともあるHさんの体験談を聞く。アフリカは行ったことがないので、どれも興味深い話ばかり。機会があれば行ってみたいという思いを強くする。フリーになって今年で、5年目に入る。昨年あたりから、表現するおもしろさが、おぼろげながら掴めてきた。今年は、更なる飛躍の年としたい。そのためには、ばりばり仕事をしたいなと思っております。まずは、懸案であるフィリピンでの仕事を終わらしたいと、思っているのですが、こればっかりは時間がかかりそうです。このまま動きがなければ、今週中に帰国して、動きがあり次第、すぐに戻れるようにしたいです。あと中国も長期で取材したいと思っております。

それと、このブログでは人の悪口しか書いていないので、たまには自分の宣伝もします。ただいま発売中の実話ナックルズにて、南京大虐殺記念館の写真ルポを掲載しております。密着100時間という警察24時みたいなサブタイトルがついてますが、提灯記事ではありません。それとナックルズXにて、横浜黄金劇場のルポ。今年の春先から継続取材している黄金劇場の踊り子さんやお客さん、小屋主などの人間模様に焦点を当てました。それとタイ発の雑誌Gダイアリーにて、不定期連載がはじまりました。中国からはじまり、ネパール、インド、カンボジア、フィリピン、日本、そしてできれば南米を巡ります。1950年代から毛沢東の革命思想は中国を飛び出し、多くの国々に飛び火しました。勿論日本も含めて。その過去と現在を辿るというものです。すでに第一回中国編は掲載されておりますので、興味があれば読んでみてください。

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