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2007年12月

2007年12月30日 (日)

こちらは、新年が近づいて来たこともあり、ショッピングモールは多くの人でにぎわってます。特に買うものは無いんですが、原稿がひと段落ついたので、気分転換に歩いてきました。明日からホテルを出て、現地在住の日本人の方の部屋にお世話になります。取材費も底をついてきたので、助かりました。明日から転がり込む部屋のオーナーはHさん。日系企業で働いていた方で、バンコクのSさんから紹介してもらいました。それにしてもまだHさんには、2回しか会っていないのですが、まったく僕は図々しいですね。数年前の新年、Mrバンコク氏のアパートで新年をすごしたのを思いだします。日本はだいぶ寒くなってきたのではないでしょうか。皆さんも体に気をつけて良いお年を。

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2007年12月25日 (火)

昨日は、ストーリーを作っている一家のクリスマスの様子を撮影。夜、タクシーがつかまらずひと苦労。二倍以上金額を払ってホテルに戻る。今日は昼から、スタバで原稿書き、部屋で書くよりは、喫茶店で書くほうが進む。約30枚の雑誌原稿なので、ひと苦労。まぁ、これが単行本になると思えば、気が楽なのだが、まだ版元が決まっていない。日本に帰ったら探さなければ。この雑誌原稿が終わったら、次はまったく当てのない書き下ろし。ひとり気にかけてくれた書籍編集者の方がいるので、その出版社から出せれば嬉しいが、これもわからない。それともうひとつ、戦争関連の当てのない書き下ろしも、声をかけてくれた方がいるのだが、まったく手をつけられないでいる。3月に、まとまった取材をする予定なので、それが終わったら手をつけたいと思う。当てのない話ばかりだが、来年少しでもまとまればいいなと、マニラの外れの薄暗い町並みを眺めながら、思っています。

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2007年12月24日 (月)

ただいまマニラにいます。こちらはクリスマスということで、にぎやかです。連絡を待っている間、マニラの街の中でひとつテーマを決めて写真を撮りははじめました。雑誌的には厳しいと思いますが、今続けているテーマを本にするときには、生きてくると思います。マニラの外れの安ホテルに移ったのですが、それでも宿代が高いので、こちらで安アパートをかりようかなとも思っています。

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2007年12月22日 (土)

昨日は昼過ぎからHさんと会う。2時間ほど話し込み、部屋に戻ったら眠気がおそってきたので、寝て起きたら夜だった。今年中に仕上げなければならない原稿に取り掛かろうかと思ったが、だらだらとテレビを見たり、ネットを見ながらすごす。クリスマスシーズンは、進めている仕事がストップしてしまうので、どこかビーチですごそうかなと思い、何軒かのホテルに電話をしたが生憎いっぱい。頼まれた仕事が終わった今、このままハゲ梵が予約してくれたホテルにいることもできないし、困ってしまった。

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2007年12月20日 (木)

何とかひとつの仕事は山場を超え、あともうひとつやり残した仕事がある。来年ゆっくりやろうかなと思っていた仕事だが、うまい具合に人を紹介していただき、もしかしたらトントン拍子に進むかもしれない。ちょっと粘ってみようと思う。それにしても年末は、どこかの山奥ですごせたらベスト。なんだか抽象的な話ですいません。まぁこんな書き方をしている時は、何かあやしいことをしているとでも思っていてください。

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2007年12月18日 (火)

3日遅れで取材チームに合流。さっそく街の中を下見、と言っても何度も通いなれた街なので、通りに立つポン引きやわけのわからないおっさんたちへの挨拶まわり。日付かわって今日の朝からが取材本番。ハゲ梵手配のホテルは素晴らしかった。上海での汚名を返上。このハゲ梵のムラッ気は何だと考えた。答えは、僕一人だとまともに仕事しないが、誰か他の人が絡むと急に真面目に仕事をしだすということだ。

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2007年12月16日 (日)

昼に上海から成田へ。着陸時、強風でかなり揺れる。おまけに着陸後、エンジンが停止し牽引車で引っ張られ駐機場へ、これだから飛行機は嫌だ。昨晩は南京から上海へ移動、駅前のホテルをとハゲ梵に頼んでいたのだが、いつものように要領の悪い手配で、重いスーツケースをガタゴト引きながら20分歩くはめに。途中安宿の客引きのおばちゃんにしつこくつきまとわれ、日本人だよと言ったら、驚いた顔をして去っていった。民工のおじさんに中国人と間違われて道を尋ねられたりと、歩く苦痛を紛らわすハプニングがあったのだが、ハゲ梵の策略にはめられた。おそらく、他のお客さんだったら駅前のホテルを頼むと言って、こんなに離れていたら、怒られるぞ、ハゲ梵。アタマだけは部長で万年平社員の秘密を垣間見た。帰国してから、ナックルズに原稿を送り、明日からの海外取材の準備。行き先に関しては、ライターさんの企画にカメラマンとして参加するので、ここでは内緒ということで。今年中には帰国すると思います。

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2007年12月13日 (木)

南京日記3

ホテル近くのレストランで、豚肉とナスの味噌炒めを食べながら、ふと思う。宇都宮のギョウザ、盛岡の冷麺と同じように、中国で戦った日本兵が豚肉とナスの味噌炒めを日本に伝えたのではないかと。それほど、日本のラーメン屋の定食を思わせる味だった。南京かもしれないし、どこか中国の他の場所かもしれない。戦争ほど、文化の交流であり押し付けが進むものはない。戦後の日本を見ても明らかだ。果たして、日本が中国に残していったものは何なのか。ちょっと探ってみたらおもしろいかもしれない。

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2007年12月12日 (水)

南京日記2

今日の南京は寒かった。朝から、市内を回ってだいたいの土地勘はつかめた。それと、通訳女性の上手な英語にびっくり。今までの取材で出あった、とんでもない英語通訳たちは何だったのか。夕方、ホテルに戻り荷物を置いてから、近くの食堂でひとり夕食。鳥肉鍋を頼む。中国はひとりで食べる分には多すぎる2,3人分の量が、出てくるのだが、黙々と食べる。ただ一緒に頼んだライスが今までの中国の旅の中で、最悪の味。ぐちゃぐちゃで水っぽく、食えたものではない。仕方ないので、麺を注文して鍋に入れて食べた。それにしても、今日タクシーに乗って、日本人だとわかると、通訳が必ず日本の悪口を聞かされていた。やはり南京だからかな。他の土地ではなかった経験だ。さんざん悪口を聞かされた通訳は気の毒だが、悪口のおかげで、いいデータがもらえたから良かった。いよいよ明日からが取材本番だ。

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2007年12月11日 (火)

南京

昨晩、上海に着き、今日南京に移動してきました。日本でやり残した諸々の仕事の合間に書き込んでおります。中国のいいところは、メシに困らないところ。毎日、何を食おうか楽しみ。ただそんなことを言いながら、食べているのはラーメンばかり。気になることは、昔に比べたら、特に若い人たちの愛想が良くなっているような気がする。あの仏頂面も当時はよく腹を立てていたけれど、なんだか懐かしい。今日である程度、日本からの仕事にメドがつくので、明日からバリバリ動けそう。

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2007年12月10日 (月)

昨日は中国取材の準備をしてから、新宿へ。特別編集F君へ領収証を渡し、その後バッティングセンターで時間をつぶす。久しぶりにもかかわらずいい打球が飛び、満足してバッティングセンターを出ると、膝に激痛が走る。五分ほど足を引きずって歩いたら、治ったのでひと安心。それにしても、体の衰えにがっくり。イタリアマフィア取材帰りの上原、高橋さん、プリンス、編集部ではほとんど見かけないK副編と待ち合わせ場所に行くが、早く集合しているのは、いつものように上原、高橋さんと僕。来年の目標は、忙しくなってどうでもいい会合に遅れるようにならんといけないと三人で話しあう。毎月何かにとり憑かれたようにアジアへと出かけているハゲ梵、今や日本を飛び越え世界に飛び出した文豪の話題などで盛り上がる。文豪の本は台湾でもバカ売れしているとプリンス。まさに世界の文豪の仲間入りである。それとこのブログに関して、ストレス発散場所にするな、いい加減なことを書きすぎると、上原から苦情。正にその通りなので、甘んじて受け入れる。今日はこれから、中国へ出発します。現地で書き込みができるようなら、更新します。それでは。

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2007年12月 9日 (日)

昼から、文豪とプロ野球マスターリーグを観戦。 懐かしのプレーヤーたちの守備や打撃に80年代の記憶が蘇る。バットをこねる屋敷バッティング、中京高校で甲子園を湧かせた野中のストレートは現役時代より早かったのではないか。観戦後中華街に移動し、飲茶屋でプーアル茶を飲みながら、文豪から極秘資料を手渡される。その内容にびっくり。夕方からY副編も合流。大画面液晶が壊れているスポーツバーに移動し、中国取材の打ち合わせ及び、ハゲボン、文豪の友人でカリスマ旅行者の袋小路竹麻呂君などの話題で盛り上がる。よりによって、話題は僕の過去にも及び、イメージとは違いバブル時代から大学時代にかけてよくスキーに行っていたことを暴露される。スポーツバーから黄金町のジョイントに移動。かってちょんの間だったバーの2階は、おしゃれな部屋に変わり、ゆっくりと話すにはちょうど良い。

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2007年12月 8日 (土)

午後からP社のKさんと企画の打ち合わせ、その後横浜に移動。カメラマンをモデルにした小説が書きたいという作家志望の方からメールをもらったので、ここぞとばかりに偉そうな講釈を垂れる。それから今枝さんと合流し、取材に関するアドバイス及び諸々の話をデニーズで五時間。早朝帰宅。

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2007年12月 7日 (金)

スケ番編集長

午前中に東京へ出て、ポジの現像を済ませ、チェックしたあとKさんに引き渡す。すぐさま横浜に引き返し、ルノアールで原稿書き。夕方から南京帰りの文豪から現地の情報収集。その後、スケ番編集長に文豪ともども呼び出され、二人が寄稿した番町責任編集の雑誌のゲラチェック。ゲラを見ると、あの登山の悪夢が蘇った。横浜で取材中のビッグボスもなぜか呼び出され、豪快にビールを飲む番町の横で、僕と早坂の原稿をチェックさせられる。真剣にゲラをチェックするビッグボスの表情が印象的。ゲラチェックのあと、以前撮影した写真を渡しに、フィリピンパブへ。こそこそ話してんじゃねえ、ビッグボスが真剣にハングルで歌ってんだからちゃんと聞け、お前のそんな嬉しそう顔見たことないぞ、面食いにも程がある身の程を知れと何度も番町に怒られる。一時間で番町ストップがかかり、もう一軒文豪いきつけのルーマニアクラブへ、悠然と構え流暢にルーマニア語を話す文豪の姿が印象的。クラブ嬢たちが、なぜか以前一緒に訪れたハゲボンのことを、電球は来ないのとモノ扱いで覚えていた。番町も上機嫌でほっとする。お祭り終了後、番町は黒塗りのハイヤーに乗って、ビッグボスを従え都内へと帰って行った。僕と文豪は、終電の満員電車に揺られながら帰宅。

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2007年12月 5日 (水)

来週からの海外取材を控え、原稿や撮影がたまっていて忙しい。おまけにパソコンの調子が悪い。海外にウインドウズ、マックのどちらを持っていくか迷っている。マックはまだいまいち使い方になれていない。それとカメを冬眠させないといけない。

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2007年12月 4日 (火)

仕事の打ち合わせで講談社へ顔を出す。記者のSさんとも久しぶりの再会、最近スクープを連発していることもあり、元気溌剌。M君やSさんたちと、フライデー時代の話で盛り上がるが、出てくるのは現場での乱闘話ばかり。これでは、フライデー時代、写真を撮っていたのか、乱闘をしていたのかわからない。いつのまにか話が大きくなっていて、400戦無敗だとか、わけのわからない枕詞までついていた。武闘派カメラマンというイメージが勝手に定着していた。講談社を後にして、横浜のタイ料理屋で特別編集F君と、日本対台湾戦を見ながら語り合う。そういえば、このところ連日タイ料理ばかり食べている。日本の勝利を見届け帰宅。

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2007年12月 3日 (月)

昼過ぎから黄金町へ行き、マイノリティーズでコーヒーを飲み、タコベーでたこ焼きを食べてから、タイ料理屋へ行き料理の撮影。19時過ぎに帰宅し、星野ジャパン対韓国の試合を観戦。初回から最終回まで、楽しかった。それにしても、韓国のクリンアップは迫力があった。日本投手陣の豪華リレーも見ごたえがあった。WBC以来、ひさびさに野球を堪能。台湾戦も楽しみだ。

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